ひょっこりと本棚から顔を出すと、そこには静かな図書室で真剣に文章を目で追っているレギュラスがいた。私にはまだ気付いていないようで、どれくらい近づいたらレギュラスは気付くのだろうかと少しドキドキしながら少しずつ彼との距離を縮めていく。するとあと3メートルといったところで近づいてくる存在に気づいたのだろう、ふとレギュラスが顔をあげた。一瞬驚いた表情で、唇が小さく動く。チェルシー先輩、と無声音で私の名前が紡がれた。


「思ったより早く気付かれちゃった」
「……だって先輩、隠す気なかったでしょう?」
「まぁね」


辺りを見回すと私たち以外の人影はおろか、荷物すら見当たらず、この時間帯に図書室を利用する生徒は少ないのだろうかとどうでもいいことを思った。それとも、ここがあまり人には知られていない穴場ポイントなのだろうか。

レギュラスの読んでいた書物に視線を落とすと、それは変身術の参考書のようだった。それはやけに見覚えがあり、私も去年変身術のレポートを書くために利用したことを思い出す。それにくすりと笑みを零すと、レギュラスは少し照れたようなむっとした表情で私を見上げてきた。立っている私に対してレギュラスは座っているので、その見上げられるという行為がやけに新鮮に感じる。なんだか、ドキドキした。これがスリザリンの血というものなのだろうか。


「座ったらどうです?集中できません」
「なんだ、つまんないね。に振られて、もっとしょげているのかと思った」
「……そんなの、とっくの昔に嫌というほどしましたよ」
「じゃあふっきれてるんだ?」
「どうでしょうね?」


レギュラスは再び書物へと視線を落とした。やっぱりしょげているじゃない、と心の中で思う。私がと一緒にいた6年間、それと同じ分だけシリウスを見てきた。そしてレギュラスがホグワーツに入学してきてからは、レギュラスのことも。いつのことだったかもう忘れてしまったけれど、とシリウスの本当の気持ちに気付いたとき、それと同時にレギュラスの気持ちにも私は気付いてしまった。そしてそう間もないうちに、レギュラスが既にとうの昔にとシリウスの想いについて気付いていたということも知った。阿呆みたいに言い合いを続けるとシリウス。何も言わないレギュラス。彼はただそれを見ていただけだった。

毎度毎度、シリウスと言い合いをした後に愚痴を言ってくるを、レギュラスはどう思っていたのだろう。私には到底考えることが出来なかった。苦しかったのだろうか。嬉しかったのだろうか。それともただ機械的に聞いていただけだったのだろうか。その真実は分からないけれど、自分の思いを胸の奥深くに押し込めてを純粋に愛していたレギュラスに、何度唇を噛んだことだろう。

きっと彼も分かっていたに違いない、そう遠くない将来、このような結末になるということに。シリウスにを奪われて。自分の想いを押し隠して、ひたすらにの幸せを願った彼は、どのような気持ちで。


「……レギュラスは、馬鹿だね」
「はい?なんです、急に」
「馬鹿だよ、レギュラス。……貴方は、諦めがよすぎる」


再び書物から顔をあげたレギュラスの頬を指先でなぞった。一瞬震えるレギュラスの瞳が、大きく開かれて驚きが露わになる。知ってるんだから。私は、知っているんだからね。貴方がどんな人なのかってこと。


「レギュラスは、シリウスになにもかも、持っていかれてもいいって思ってるんでしょ?それが自分の宿命なのだと、思ってるんでしょ。たとえそれが、愛した人であっても」
「……くどいですよ、先輩」
「レギュラス。ねぇ、私じゃだめなのかな」
「……は?」
「好きだよ、ずっと好きだったんだよ、馬鹿。どうせしか見えてなかったんでしょ、レギュラスは。の代わりなんて甘いことは言わない、今からでいい、の代わりじゃなくて私自身を好きになってほしい。……ねぇ、レギュラス。私じゃだめなのかな」
「……どちらに、せよ、無理ですよ」
「なぜ」
「なぜ、って……、……」


視線を揺らがせたその隙に、私は無理矢理レギュラスの右腕を取った。先程までレギュラスが読んでいた本がバサバサと落ちて、一瞬遅れてレギュラスが抵抗を示す。年齢は私の方が上と言えども男女の差は拭いきれない、もたもたしているとすぐに振り払われるのは明白だった。私は乱暴にレギュラスの右腕のローブとセーター、シャツを一気に捲くりあげる。そこに現れたのは蛇の形をした痣。レギュラスが気まずそうに俯いたのを感じた。それが、自身からを遠ざけた理由。


「闇の陣営の一人だからでしょ」
「……知ってたん、ですか」
「知ってたよ。……なぜだと思う?」
「また“なぜ”ですか?……どうせ僕には分からないことなんでしょう」
「ある意味正解」


レギュラスの手を離すと、彼の腕は重力のままにぱたりと落ちた。その腕の蛇の形をした痣に目を細めてから、私は自分の右手首に左手をやる。レギュラスがはっと息を飲むのが聞こえた。

レギュラスにやったのと同じように、乱暴に自分の袖を捲くりあげると、そこに現れるのはレギュラスのものと同じ痣。それに視線を落としてからレギュラスの顔を窺うと、今日何度目か分からない驚いた表情をしていた。思わずそれに笑みを零してしまい、彼の脳裏に植え付けるようにその痣をレギュラスの目前にかざす。


「なぜかって、私もそうだから」
「……知ら、なかった」
「当たり前。隠してきたもの。にも、ルシウス先輩にも」
「じゃあ、どうして……今、僕に」
「まだ分からない?」
「え?」
「私はレギュラスが好きだよ。そして、みたいに隣にいることを否定される要素もない。……いつもいつもシリウスに振り回されて、いろんなものを奪われてきたレギュラスを見てきたから私には分かる。レギュラスは、怖かったんでしょ。学校を卒業して、闇の陣営側について、が自分から離れていくのが。シリウスの元にいくのが。またシリウスにを取られるのが怖かったから、そしてそれが目に見えているから、今からもうを手放したんでしょ」
「……チェル、シー……先輩」
「だけど私は違う、シリウスの元へなんか行かないし、私も闇の陣営側につくからレギュラスから離れることなんてない。私はずっとレギュラスの傍にいられる。……ねぇ、レギュラス、それじゃだめなの?まだ私を遠ざける理由がある?」


レギュラスは呆けたような、泣きだしそうな、不思議な表情をしていた。きっとレギュラス自身も自分がどんな表情をしているのか分かっていないのだろう。私はそっと、レギュラスの右腕の痣に触れた。私と同じもの。私と未来の道を共有するという、消えない闇の証。普通からしてみれば禍々しいものであるはずのそれが、今はとてつもなくいとおしく思えた。


「レギュラス、2人で、歩いていこう。シリウスもも裏切って、真っ暗な闇の中を、一緒にいこうよ」
「……は、……とてつもない、告白、ですね」
「私はレギュラスとなら怖くないよ。……でも、シリウスでもなくて、私はレギュラスを選ぶ」


そう告げてまっすぐに彼の瞳を見つめると、しばらくしてからレギュラスは今にも泣きそうな顔でありがとうと小さく呟いて、私の右腕の痣にひとつキスを落とした。それが2人で闇を駆け抜けるという、歪んだ愛に満ち溢れた、最初の合図だった。


(120526...遅くなりましたが書けてよかったです。これが彼等なりのハッピーエンドなのだと思います)