あ、シリウスだ。隣を歩いていたチェルシーのその呟きを聞くなり、私自身はブラックの姿を目にしていないのだがぐるりと急に進行方向を変えた。ブラックと遭遇しないように早足で横の廊下に入り、そんな私に気付いたチェルシーが慌てて追いかけてくる足音が聞こえる。


「ちょ、ちょっと!どこ行くの?!そっちは遠回りだよ!」
「声が大きいわよチェルシー!」
「……シリウスを避けるなんて珍しいね」
「避ける?……違うわ、別に避けているわけじゃないわよ」
「じゃあどうして横に逸れたのか聞いても?」


どうして。そう尋ねられるとこれといった理由が思い浮かばず、私はきゅっと口を硬く引き結んだまま歩みを進めた。半歩ほど後ろをついてくるチェルシーは私からの返答を待っているらしく、彼女からなにか言葉を発せられることはない。

ブラックと顔を合わせたくなどない、けれど今までの私は目前に彼が現れても逃げたり避けたりすることをしようとは思わなかった。むしろ対峙して言い合い、喧嘩別れするようなことを繰り返していたのだ。逃げるのは性に合わない。そう、だから今のこれも別にブラックから逃げたわけではないのだ。

なら、どうして私は急に進む方向を変えたのか。


(どうして?……ルシウス先輩のせいだわ、きっと!)


ルシウス先輩があんなことを言うから。私とブラックが痴話喧嘩を毎日しているだとか、私がブラックに惚れているように見えるだとか、そんな真実とはかけ離れているようなことを言うから無駄に意識してしまっているだけだ。いや、意識ではない、今日とてブラックと喧嘩をしてそれを痴話喧嘩などと思われては私が不愉快だからなのだと、言い聞かせるように心の中で思う。

しかしチェルシーに正直にそう言うわけにもいかず、私はただ「き、気分よ!」とだけ彼女にそう言ってそのまま回り道をして大広間へと向かう。チェルシーは深く入り込んでくるつもりはないようで「ふぅん」というどうでもよさそうな返事が聞こえた。


「なんだ、私はてっきりシリウスのことを意識したのかと」
「意識ですって?!冗談もほどほどにしてちょうだい、チェルシー」
「……そうだね、ごめんにはレギュラスというファインセがいるもんね」
「そうよ!私にはレギュラスが……あっ、レギュラス!」


廊下の先には見慣れたレギュラスの後姿があって、チェルシーのほうを振り向くと彼女は小さく頷きを返してくれる。行ってこいという意味のそれにウインクでお礼を告げながら、私は愛するファインセのほうへと駆けていった。

無論、私は残されたチェルシーの瞳に映る感情になど、気付きはしなかった。