人気の無い中庭のベンチで俺は勉強を、は読書をしているときだった。俺は自分のノートと教科書、そして図書館で借りてきた参考書を照らし合わせて教科書に書き込みをしていると、が急にふらりと立ち上がったのでふと視線をやれば、は一歩、二歩とよろめくように歩きながら「おもい、だした」とか細い声で告げた。主語がなくてもなんのことかは一目瞭然だった。の、死んだ時の記憶だ。

はふらふらと数歩進んだものの、すぐに立ち止まってへたりとその場に座り込んだ。俺は教科書やノートをベンチの上に置くと静かにの傍へと寄る。は両腕を抱えるようにして呆然と目を見開いていて、告げられた声はどこか震えていた。


「みんな、私の事を噂している。なんで?なんで……あぁ、そうだ。真っ赤な林檎……赤いペンキ、」

「……?」

「違う、違うの、あれは血じゃない!ただみんなが決め付けているだけで……!」

「おい、

「やだっ、シリウス、私じゃないよ!ねえ、私じゃないって言って!私じゃ、私じゃないの……!」


振り向いて俺にすがりつこうとは手を伸ばしてきたが、それは俺の身体に触れることなく、実体を持たない彼女の腕は俺の体をすり抜けてしまう。それに一瞬動きを止めただったが、すぐにはっとして彼女は俺を見上げ、そしてきゅっと唇を噛んだ。そのいまにも泣きそうな顔を見て俺も表情を歪めると、は俺の輪郭を確かめるように頬を撫でてくる。触れることなど出来ないので、形だけのものだけれど。


「ごめんなさい、取り乱して。……そんな顔、シリウスらしくないよ」

が泣きそうな顔してるからだ」

「……ゴーストは、泣けないのよ。人間じゃないんだもの」


が自身がゴーストであると告げるたび、彼女の姿はまるでどんどん薄くなっていくようだった。俺はそれをせき止めるかのように、俺の頬に添えられている彼女の手の上に自分の手を重ねる。物質としての彼女は感じられなかったけれど、確かにがそこにいるという感覚はあった。俺はそれを確かめるように「でも、は人間だった」と告げるが、はその俺の言葉を聞いて自嘲気味な笑みを浮かべる。


「だった、ね。今はゴーストよ」

「けど、俺と同じ感情がある」

「……ええ。その感情を忘れてはいないわ。泣けないけれど、胸が切り裂けそうな気分よ」

「ならそれで十分だ」


そう告げて微笑むと、はおどけた調子で「あら、私の代わりに泣いてくれないの?」と尋ねてくるものだから、「お前にそうやすやすと涙を見せるわけにはいかねぇよ」と返すとは自分で聞いておきながら赤くなって「……そう、」ともごもごと返事をする。俺はそんなが可愛くてこめかみにキスを落としながら、こんな時間がずっと続けばいいのにと思った。 続かないと分かっているからこそ、そう願わずにはいられなかったのだ。