ついに俺ととの距離が一歩分になると、俺はぱしりとの腕を掴んだ。それに一瞬が震えたのを感じる。彼女と視線を合わせると、彼女の瞳はなにかに怯えるように揺れていた。まだ間に合う。なにを根拠にしているのかは全く分からなかったけれど、心の中で確かにふとそう思った。


「逃げるな、

「に、逃げてなんか、」

「いや、お前は逃げてる。なにから逃げてるかは分からないけれど」


そう呟くと、は唇を噛んで揺れる瞳を俯かせた。俺の腕から逃げ出そうというつもりはないらしく、心の中の片隅でもしかしたらはこの展開を望んでいたのではないかとふと思う。そんな中、はおそるおそるといったように唇を開いた。俺はそのことに小さく安堵の息を漏らした。彼女はまだ、完全に逃げているわけではない。


「だめなんだと思う。やっぱり私は、シリウスのそばにいちゃいけないんだよ」

「なんでだよ。……噂か?俺はあんなの気にしねぇけど」

「……私は気にするわ。似ている気がするの。みんなが私とシリウスことを噂していて、 真実なんて確かめようとしないくせにみんな信憑性のない噂を信じて。 ……この間思い出した、私が死んだときの記憶と、被るのよ」

「……だから?」

「っ……だから……!だから、このままだとあのときの二の舞になるんじゃないかと思って!これ以上傍にはいられないと思ったの!」

「二の舞って……」

「シリウスが、傷ついたり、死んだりするかもしれないってことよ!」


いまにも泣きそうな顔をしながら、は「だから、だから……」と言い訳のように続けた。ゴーストだから泣けないと言った彼女がいまにも泣きそうに顔を歪めているその姿は、痛々しいことの他にない。それでも俺は、の言葉に驚くと同時に眉をひそめた。俺が死ぬ?傷つく?なんでそういきなり想像が飛躍するのか俺には全く分からない。そんなことを俺が考えているとも知らず、は俯かせていた顔をあげて俺に告げた。


「ホグワーツから離れようと思ったの。未練なんて、ないと思ってたし……この後どこに行こうか、考えてたのよ」

「それで、答えは出たのか?」

「……出るわけないじゃない!未練なんてありありだったわ!もう一度アップルパイ食べたいし、校内の隠し通路だってまだ全部見つけられていないし、まだ読んでいない本もいっぱいあるし……首なしニックやビーブスへの仕返しも全部終わってないし、シリウスがこの学校を去るときまで一緒にいたいし……!」

「……離れようとしたわりに、未練多いな」

「うるさいわよ!私だって吃驚よ、思い返していたら私まだまだ学校を去れないじゃないって気付いちゃったわ!でも、そういうわけにもいかないってことにも気付いているのよ!」


言っていることがめちゃくちゃだと、小さく苦笑を漏らす。それはも分かっているのだろう、彼女はそこまで言い切ると口をつぐんだ。がこの先どうしたいのか、どうするべきなのか、それが俺には既に見え隠れしている。本人はまだ、気付いていないようだけれど。彼女は俺より数百年も長く生きているはずなのに、こういうところはてんで成長していないのだと思うと、そこがまた可愛く思えてきて思わず笑みを浮かべた。