!」


ローブを足に絡ませながら彼女のところへと駆ける。いつものところで会おう、と昨日の間に打ち合わせしておいたので忙しいといえどもなんとか時間を作ることは出来た。人気の少ない中庭のベンチに座っていたは俺の声に気付くとこちらを振り向いて、控えめに笑みを浮かべながら立ち上がる。俺は残りの距離を詰めると、見開き式の卒業証書を彼女へと見せた。


「無事卒業できたぜ」

「うん、おめでとう。私も嬉しいわ」


は6年生の時にゴーストになってしまったため、ホグワーツを卒業することは永遠にできない。だからだろう、彼女は俺がきちんと卒業することにこだわり、今もこうしてまるで自分のことであるかのように喜んでくれていた。は卒業証書を眺めると、にこりと笑みを浮かべて再びベンチに腰を下ろす。俺も彼女の隣に続くようにして座った途端、こてんとの首が肩にもたれかかってきた。


と付き合いを始めて2年、その時間は長かったのか短かったのかは分からない。けれど人間である俺とゴーストである彼女の、触れたくても触れられないもどかしい状況をなんとかするには十分な時間だった。今ではまるでは生身の人間であるかのように振舞うことが出来ている。勿論、俺も。物質的な質量はないけれど、気配を感じることはできるし普通とは違う体温を感じることも今ではできるようになっていた。無論、俺以外に彼女の姿が見えないことは変わっていないのだが。

この2年間で失ったものはたくさんあった、しかし得たものはもっとたくさんあった。それらはと過ごしたからこそ失い、得ることができたものばかりで、たとえ彼女が人間でなくても俺がそれを悔やむことなんてほとんどなかった。5年生のころに流れた俺がゴーストと付き合っているという噂は消えることはなかったけれど、長い間騒がれることはなく数ヶ月でそのことは耳にしなくなった。7年生になってからは試験や就職活動で会えた時間は少なかったけれど、その分会えたときには幸せな時間を噛み締めることができた。

勿論ジェームズやリーマス、ピーターたちとも悔いの無い輝かしい毎日を送ることが出来た。きっと誰か一人でも欠けたのならばそんな毎日は送れなかっただろうと思う。たくさん素敵なことをやった。馬鹿なことはもっとたくさんやった。ここ、ホグワーツでそんな7年間を過ごしてきたけれど、それも卒業を迎えた今日で終わりだ。


「就職も内定決まってるんでしょ?」

「あぁ。でも、時間を見つけてにちゃんと会いに来るから」

「騎士団の仕事もあるんでしょ、無理はしてほしくないわ」

「俺がしたいからそうするんだよ」

「……私がシリウスについていけたら一番いいんだけどね」

「無理すんなって、お前はホグワーツにいたほうがいいよ。ここは安全だしな」


俺も安心してを預けられる、そう呟くとは小さく笑みを漏らした。その横顔を盗み見て俺も笑みを漏らし、そっと彼女の頬に手を這わす。そしてそのまま触れるだけのキスをすると、は一段と幸せそうな笑みを浮かべて立ち上がった。彼女は俺の方をくるりと振り返って「ねえ、シリウス」と囁くように告げてくる。


「最後のお願い、聞いてくれる?」

「なんだ?」

「ちょっとの間、目を瞑っててほしいの」

「……こうか?」

「そう。開けちゃだめよ」


そっと瞳を閉じると、が俺から少し距離を取ったのを感じる。ざり、と地面の擦られる音が小さく耳に響いた。俺は卒業祝いのプレゼントでもくれるのだろうかと、内心わくわくしながらの合図を待つが、しかし最後に聞こえた言葉は「ごめんね、シリウス」という泣きそうなの呟きだった。