俺が林檎を食べ終えて厨房から出ると彼女もついてきたので、厨房のゴーストではないのかと訊ねると、「なによそれ、私がすごく食い意地貼ってるみたいじゃない」と頬を膨らませて否定された。いや、俺が林檎を食べている間、さも食べたそうにじっと林檎を見つめていたのはどこのどなたですか。どうやら彼女は一定の場所に留まっていなければいけないというわけでもないらしく、今日はたまたま厨房にいただけなの、と言われてなるほど確かにと頷いた。思えばビーブスもいろんなところに出没しており、一定の場所に留まっていることなんてない。それと同じことなのだと思いひとりで納得していると、前方から本を数冊抱えているリーマスと鉢合わせた。どうやらリーマスは図書室の帰りらしく、その持っている本について訊ねると「あぁ、そういえばこの間の魔法薬学の授業、君いなかったんだっけ」と呆れたような返事が聞こえる。


「教科書の実験の手順を自分なりに調べてレポートで提出、来週それで実践だって」

「げっ、なにその面倒な課題」

「だよねぇ、先生もなんでこんな課題出すんだか」


そんなわけで、僕、今日中にこれやってしまいたいから。そう告げるとリーマスはすたこらさっさと俺の前から去って行った。手持ちの薬学書と図書館の蔵書を使えばそう難しくはないはずだ、ただ、面倒なだけで。俺も今夜にでも取り掛かるかと小さく息を吐くと、隣から小さく笑うような声で「なにしてたの?魔法薬学の授業のとき」と彼女が聞いてきた。


「……ちょっと、悪戯を」

「へぇ!やるなぁ少年、青春じゃないか!」


外見は俺と同じくらいのくせにやけに年寄り染みてるその発言に、あぁそうか、ゴーストだから外見が変わらないだけで十数年、あるいは数百年も生きているのかと思った。そこではたと気付く。そういえば、先程から何人の人とすれ違っているのに誰も彼女に視線を向けることはなかった。今思えば、あんなに近くで話していたリーマスでさえ。どういうことだのだろうと思いながらその疑問を彼女に投げかけると、彼女は「あぁ、それは、」と言葉を返してくれる。


「私もよくは分かってなんだけど、どうやら私を見るには一定の条件が必要らしくてね。だからもう長い間ホグワーツにいるんだけど、私のことを見ることが出来たのってほんの数人だけなのよ」

「……現在、見ることが出来るのは?」

「えーと、マクゴナガル先生と、フリットウィック先生と、君だけかな」


確かに少ない。こんなにも広く、多くの人数がいる中で彼女を見ることができるのはたった3人。どうりで今までホグワーツ内で彼女をみかけたことがなかったと納得がいく。しかし俺は、その彼女を見ることができるという一定の条件をクリアしたらしいが、一体なにが条件なのだろうか。俺とマクゴナガル先生、フリットウィック先生の共通点などありはしないので、それぞれ個々に条件をクリアしているには違いなのだが。廊下を適当に歩きながら考えるものの、彼女にも分からないことが自分に分かるはずはないとあさっさりとその思考を投げ捨てた。そうだ、彼女をどうやって見れたかなんてどうでもいい。大事なのは、俺が彼女を見ることが出来たという事実。それだけで十分だ。