「シリウス、今は授業の時間じゃないの?」

「この時間は授業取ってないから空き時間。サボってるわけじゃねぇよ」


皿に盛られているクッキーをひとつつまみ、小ぶりなそれを口の中に放り込む。正面で頬杖をついて俺のクッキーを食べる様子を見ていたは「そっか」と呟いて、再び口を閉じた。俺に向けていた視線が外れるのを感じる。見られているのも恥ずかしいと思っていたが、視線を外されるとそれはそれでどこか寂しいような気もすると、そんなことを思う自分が更に恥ずかしく思い、その考えを打ち消すようにもうひとつクッキーをつまんだ。


と初めて会った日以来、俺が厨房に行くとそこには必ずがいた。相変わらず食い意地を張っているのかと思いきや、ゴーストは食べたり飲んだりができないらしい。だからこそ食べたいんじゃないかと訊ねると、「だからそういう、食い意地張ってるみたいな言い方やめてよ!」と機嫌を損ねられたのでそれ以来食べ物についてはなにも聞かないことにしている。しかし相変わらず俺が厨房で果物やらお菓子やらをつまんでいるとはすぐそばで俺を観察してきた。がそろえたのかしもべ妖精たちがそろえたのかは知らないが、いつの間にか小さなテーブルと2脚の椅子まで用意されている始末である。

たまに校内をうろうろしているを見かけることはあったが、俺はいつもジェームズだちと一緒であったし、彼女も俺に話しかけてくるようなことはなかった。そしてそのときに見かける彼女はやはり普通の人間のように地に足をつけて歩いており、遠くから見れば彼女は公衆に紛れ込んでいるただの人間のようで。それでも身体は透けているのだから人間と間違うことはないものの、彼女はどこか、人間らしさを求めているように見えた。確かなことは分からないけれど。


再びクッキーの山へと手を伸ばし、すこし焦げ目のついたきつね色のそれを口の中で咀嚼した。そしてクッキーで取られた口内の水分を補給するように紅茶を一口飲み下し、ちらりとをうかがうと、彼女はなにかを考えるようにしながらクッキーの山を見つめている。それはクッキーが食べたいからだとか、そういう理由じゃないことは明白だった。なにがあったのかは知らないが、今日のはどこかおかしい。


「今日は静かだな。なにかあったのか?」

「……私の命日が近いから、気分がすぐれないだけよ」


スルーされるかと思いきや、は煙に巻いたりせずに返事をくれた。そうか、命日。ゴーストにとって命日とはどういう意味を持つかは知らないが、その日はただ黙って過ごせるというわけでもないのだろう。そんな俺の考えを見透かすように、は「私はね、」と呟いた。


「死んだ時の、記憶が無いの」