![]() 「生きていた頃の記憶はあるのよ。時も大分経ってるし、全てっていうわけじゃないけど、それなりに。でも死んだ時の記憶が無い。いつ死んだか、どこで死んだか、どうして死んだが、どんなふうに死んだか。その記憶だけが、ごっそりと抜けているの。でも、毎年……命日に、ちょっとだけ、それを思い出すのよ。……断片的な記憶がふっと思い出される。死んでから、毎年、毎年。それらの細かい記憶を、ジグソーパズルのピースみたいにちょっとずつちょっとずつ繋げてるんだけど、毎年必ずそのピースのいくつかを無くしてしまうみたい。……だから、いつになっても真相は分からないまま」 別にそこまで知りたいわけじゃないからいいんだけど、と言っては落ちてきた自身の髪を耳にかけた。その動作を見つめながら、俺は紅茶のカップをそっとソーサーに戻す。ふっと自然に思い出される記憶、それはにとって気持ちのいいものではないのだろうということは考えなくても分かる。今日が大人しかった理由に納得する反面、それを聞いてしまったことに少しの後悔を感じた。いや、後悔というよりも、感じたのは不安と不甲斐なさ。 これはにとってどうでもいいことではないはずで、それを俺なんかが聞いてしまってよかったのだろうか。現に俺はこうしての口からその事実を聞いても、かける言葉が見つからなかった。なにを言えばいい?慰めの言葉も同情の言葉も彼女には必要ない、けれど、なら、なにを。 (……いや、) そうじゃない。慰めも同情もには必要なのかもしれない。けれどそれは言葉ではなくて。かける言葉がみつからないのはもともと彼女がそれを欲していないから、ならば俺にできることはただひとつ。行動することだ。愛を以って彼女に触れること、それが一番の愛情の示し方なのだと俺はこれまでの人生の中で学んでいた。 迷ったのはほんの一瞬だった。俺はそっとの頬に触れる。彼女はゴーストなので実際触れることは出来ないものの、頬の辺りで手を止めるとなにか感じるものがあるのか、はぴくりと一瞬震えてから、おそるおそる俺の掌に自分の掌を重ねた。けれどそのの手さえ感じることが出来ないことに、俺はくしゃりと表情を歪める。触れられない。それは今まで常に生身の人間と生活してきた俺にとって、始めて感じる歯痒さだった。 |