![]() 「……記憶を思い出すのが嫌なわけじゃないのよ。だって私も死んだ時のことを知りたいって思う。私自身のことだもの。ただ……怖いのよ。もしかしたら、私にとってすごく嫌な死に方をしたから、忘れてしまったのかもしれないじゃない?それだったら思い出さないほうがいいのかもしれない。知らないままのほうがいいのかもしれない」 「けど、それでも、知りたいんだろ?」 「……うん。知りたい。知っておかなくちゃいけないんだと思う」 かすかに震えるユウノの手さえ握り締めることが出来ないのだと、俺はこのとき初めて彼女がゴーストであることを悔しく感じた。けれどユウノがゴーストでなければよかったなんてことは思わない。ユウノはゴーストだからこそこういう形で俺と出会えた。そして今こうして厨房で向かい合ってお茶をしている。それが俺とユウノの運命なのだ。俺たちはこうして出会うべくして出会ったのだ。そう胸を張って言えるから、今ここにいるユウノがゴーストでなければよかったなんてことは言わない。言えなかった。 「ユウノ、命日はいつだ?」 「え?来週の日曜だけれど」 「……怖いんだろ。ユウノが望むなら、その日、俺が傍にいてもいいか?」 「……ずっと?」 「ずっと」 ユウノはきょとんとした表情をして、そしてくしゃりと泣きそうに笑いながら「うれしい、」と呟いた。俺はそのユウノの笑みを見て口を引き結び、意味など無いというのにユウノに触れている手にぎゅっと力を込める。それに気付いたユウノが柔らかな笑みを浮かべ、それはまるで大丈夫だと俺を諭しているようで。俺は気付いたら口を開いていた。 「ユウノ、お前はすごいよ。怖いものにも立ち向かえるのはユウノの強さだ。……でも、強がらなくたっていいんだ。俺が支えてやることが出来る。もっと俺を頼れ」 「私はゴーストだよ?」 「だからどうした。それでもユウノがユウノであることに変わりはないだろ。俺はそんなユウノがいいんだ」 「……それ、告白?」 「かも、な」 俺の即答にユウノは驚いたように動きを止めるが、やがてぎこちない様子で笑みを漏らし、「私もそんなことを言ってくれるシリウスが好きだよ」と呟く。気のせいかもしれないけれど、ユウノの手が重ねられている手が一瞬強く握られたような感触がした。 そして俺は静かに椅子から立ち上がると、空いている手をテーブルについて身を乗り出す。ユウノは俺の行動の意味を理解したらしく、一瞬迷うような表情をしたけれど、すぐにまた泣きそうな笑みを浮かべて瞳を閉じた。テーブルについているほうの手に体重を預けて、ぐっとユウノの顔に近づく。そしてそっと、ユウノの唇に俺のそれを触れさせた。 味もしなければ感触も温かさもない、けれどこんなに胸が切なくなるキスは生まれて初めてだった。 |