?……元気なさそうだね」
「……ルーピン先生」

渡り廊下に肘を掛けてぼうっと沈んでいく夕焼けを見ているときだった。突如現れた気配には特に驚かず、そんな私の様子に苦笑を漏らしながらルーピン先生は渡り廊下の柱に背を預ける。夕食まではまだ少し時間がありそれまでの時間をこうして考えに耽って過ごそうとしていたのでこの場から動くつもりはないものの、思いがけない人が来たことは予想外であった。
ルーピン先生は再度私を催促するように「何かあった?」と尋ねてくるが、どう答えたものかとうやむやに言葉を濁す。先生は生徒の相談役もしているのかとそこに少しの戸惑いを覚えるが、ルーピン先生になら大丈夫かだろうと結局腹を括った。

「スネイプ先生、最近忙しいのでしょうか。……放課後は教室に来るなって言うんです。今まで月に1回くらいの頻度で言われてたんですけど、今回はなかなかそれが撤回されなくて」
「あー……ごめん、それ私のせいかもしれない」
「え?」

ルーピン先生のせいとはどういうことだろうか。思いがけず短く声を漏らすとルーピン先生は曖昧な笑みを見せた。詳しくは言えないということかと小さく溜息を零すが首を突っ込もうとは思わない。教師間のことを生徒である私にそうやすやすと漏らせないことは流石にこの年になると分かっていた、教師と生徒という立場は一応弁えているつもりだ。
私は再び先程ルーピン先生が零した言葉について考える。自分のせいかもしれない、と先生は言ったがスネイプ先生とルーピン先生になんらかの関係があったということは聞いたことがない。スネイプ先生は闇の魔術に対する防衛術の教師職を狙っているという噂があるのでそれが関係しているのだろうかと思ったが、そんな単純な話ではないように思えた。先生同士のプライベートなら私に知る権利などなく、しかしそれ以外には考えられないのでその思考を打ち切る。先生たちのプライベートならそれこそ私の首を突っ込むべきではない、これ以上考えるだけで無駄であった。ふとルーピン先生のほうを見ると先生は右手の指を顎に掛けてなにかを考えている最中のようである。先生はうーん、と小さく零すがそれは心なしか楽しそうであった。なにを考えているんだろうか。

「多分明日あたりに、来てもいいって言われると思うよ。心配しなくても」
「あ、いや、別に心配ってわけじゃないんですが」

嘘ではない、本心だ。私ごときがスネイプ先生の心配をしたところで事態が変わることなどなく、逆にうっとおしがられそうだ。なので心配はしていない、心配というよりも後悔と不安が募る。一体私は何かをしでかしてしまったのだろうかと、それだけを思うのだ。そんな風に思いあぐねている私を見やってか、ルーピン先生は苦笑を漏らしながら「、」と私の名を呼ぶ。

「……ちょっと悪いことしたお詫びに、いいこと教えてあげようか」
「え?」

先生はどこか悪戯めいた瞳をしている。それにドキリとしながら振り向くと、先生は柔らかな笑顔で私に“いいこと”を教えてくれた。




魔法薬学の授業が終わった後、昼食を取りに行くために大広間へと誘ってくれた友人たちに先に行っててくれるよう告げると、私は鞄もそのままにスネイプ先生の元へと駆ける。これから大きなことをするわけでもないのにドキドキとうるさい心臓は興奮ではなく緊張のせいだ。先生は人ごみの中を逆らって教壇に向かう私に気付いてくれていたのだろう、私が先生の前に出てきてもさして驚かない様子で「なんだ」と簡潔に聞いてくる。不安と緊張で固まる口を叱咤するように、勇気を振り絞って声を掛けた。

「せ、先生。放課後、まだ行かないほうがいいですか?」
「あぁ……今日からは構わん。来たかったら来い、ただし邪魔はするな」

しかし私の先程までの緊張はどこへやら、先生はあっさりと肯定の返事をくれる。ルーピン先生から助言をもらったので大丈夫かもしれないと思っていたものの、否定される可能性もないわけではなかったのだ。ほ、と安堵の息をつくと昨日ルーピン先生から言われた言葉が頭の中を過ぎる。夕焼けで朱に全身を染められながら、ルーピン先生が教えてくれた“いいこと”。

『セブルスは随分君を信用しているようだね。あのセブルスが生徒を気に入るなんて、珍しいから』

その言葉には他の意味が含まれているのかもしれなかったが私には単純に受け取ることしかできなかった。けれどそれでも私には思ってもみなかった言葉で、嬉しくさせないわけがない。ルーピン先生が嘘をつくとは思えず、またそんな理由もなかった。なのできっと、ルーピン先生から見た正真正銘の真実なのだろうと思うとストンと心に暖かなものが落ちてくる。

「……どうした」
「い、いえっ!」

ルーピン先生の言葉を思い出して思わず頬を緩めているとスネイプ先生に怪訝な目をされながら問われ、慌てて表情から笑みを消すと小さく頭を下げて踵を返す。その際に「ではまた放課後に」という言葉も忘れず告げると、後方で小さな溜息が零れるのが聞こえるがそれにはもう慣れた。鞄を肩にひっかけて教室を後にし、昼食のために大広間へと向かう。気分は最高だった。先生といると楽しくて嬉しい、単純にそう思う。やっぱり恋って素敵だね。



110211(ちーちゃんからのリクエストは『ヒロインの片思いで、先生も好きなんだけどそのキモチに気付けなくてモヤモヤみたいなッッ!』でした。今更だがもやもやみたいなってなんだ(笑)。一応恋愛もの、というのを目指したけれど普段そういうのは書かないから新鮮というか書き方が分からないというか…難しい。いろいろとおかしなところがありそうですが、目を瞑ってやってくださいませ…!ちーちゃん、お気に召したでしょうか(笑)。)