もうわたしは恋をするということにくたくたになっていたんだ。 1年生のころからシリウスのことがすきで堪らなかった。容姿とか頭の良さやとにかく全てにおいてずば抜いている彼も素敵だと思ったけど、わたしはそれに惚れたわけではなくて本当にただ一人の人間としてのシリウス・ブラックに惹かれた。彼の考え方やもののとらえ方、雰囲気や喋り方、短気なところも自信満々なところも彼の全てがわたしに愛しく思わせた。シリウスに初めて告白したのは2年生のハロウィンのときで、ばっさりと一刀両断されてふられた。今思えばすごく失礼なふられかたをしたと思う。でもそんなふられかたをしてもわたしはシリウスを諦めることが出来なかった。それほどシリウスは、わたしの中に根付いていたんだ。 けれどそれから数年が経ち、シリウスにとってのわたしという存在がどんなものか、思い知るのには十分な時間が過ぎた。わたしはシリウスを好きで、でもシリウスはわたしを好きじゃない。因果関係の成り立たない、ただの独立した感情しかそこにはないと十分に思い知った。もう、だめだと思ったそんなときだった。リーマスに告白されたのは。 「……が今でもシリウスのことを想っているのは知ってる。でも、君がシリウスを好きなのと同じで僕も君が好きなんだ。別に断ってくれても構わない、でも、僕は君が好きだよ」 もうわたしはくたくただったんだ。なにも考えたくなくて、すでに疲れている心身をこれ以上弱らせたくなかった。後にはなにも残らない形のないものだからこそ、強くわたしを苦しめてきたそれに終止符を打つときが来たのだと無意識に思う。どうか、わたしを解放して。そのために。 「……リーマスを好きになるよ、わたし」 滴が垂れるわたしの頬を見ながら、それでもリーマスは微笑んで答えてくれた。本当のわたしの心を知っているだろうに、見て見ぬふりをしてくれる。それもすべて、わたしがそれを望むから。かみさまのようなひとに、残酷なことをさせるわたしはすごく狡猾だと思った。 * とリーマスが付き合うことになった。そういった噂が流れてからすでに1か月が経過している。仲間なんだから本当かただの噂かどうか知ってるんだろ、とよく真偽を聞かれるがまったくもって俺はこれが本当かどうかは知らない。俺たち悪戯仕掛け人同士の暗黙の了解で、お互いのそういった恋愛事情にむやみに首を突っ込んではいけないというルールがあるのだ。よって、リーマスからその話を切り出してくれない限り俺たちでも本当かどうかを知ることはできない。けれど前よりもとリーマスが一緒にいるのをよく見かけるのであながち噂どおりなのかもしれない、と思った。 には一度告白をされており、そのときは機嫌が悪かったのもあってこっぴどくふった覚えがある。しかしは断った後がやけにあっさりと引いてくれたので、告白してきたやつの中ではまだ好印象を持てる女だった。そういうこともあって顔を合わせれば挨拶をするし廊下で立ち話をしたこともある。普段あまり女と遊ぶことはなかったからなかなかに楽しかった。でも最近ではリーマスと一緒にいることが多いのだろう、あまり俺と一緒にいた覚えがない。それが、なんとなく――。 (……あ、れ) ふと何かが引っ掛かったような気がして、適当にぶらぶらと中庭を歩いていた足をとめた。なにが引っ掛かったのか自分でもよく分からなくて、ローブのポケットに入れてた右手で額を押さえる。なにが引っ掛かった、俺は一体なにがおかしいと思ったんだ。一生懸命先ほど思っていたことを繰り返すかのように思い出し、そしてまるで重力のままに堕ちるかのように、はたりと額から手を離した。 (――俺……) 気づかないほうがよかったことに気づいてしまった。今ではもう遅すぎること、しかし気づいてしまったからにはもう無視はできないこと。なんで気づいてしまった。なんでもっと早く気付かなかった。俺はのこと、好きだったのかもしれないということに。 「……おっそ……」 呆れるような声が無意識に漏れた。自嘲気味に小さく笑う。に告白されたのは何年前だったか、俺たちがたしか2年生のときだったから3年前か。そりゃ3年も経てば想いびとなんて変わるよな、と思いながら再び中庭を進む足を動かす。 もう遅い、でもまだ間に合うかもしれない。しかしその可能性は低いだろう、すっごく。それでも、もう見て無ぬふりはできないその感情に気づいてしまったからにはもう気付かなかったときのようにはいかない。それに振り回されている女を今まで数多く見てきたが、実際自分が振り回される側になるなんて思ってもみなかった。このまま波間に漂う小舟のようにたゆたうのもありかもしれないが、それは俺の性分に合ってない。当たって砕けてみるか、と苦笑しながら冷気のただよう廊下へと足を踏み入れた。 |
091126(ヒロインとシリウスのすれ違い中編に挑戦!というようなかんじです。たぶん全3話くらいになる予定) |