恋というものは恐ろしい。と最近身にしみてわかった。 リーマスとを取り合うなんて愚かな真似はしたくない。の心はリーマスに向けられていて、3年前のように俺に向けられることはもうないのだ。それでもそれを求めてしまう自分を滑稽に思う。そして心と頭が正反対で矛盾しすぎている自分に情けなくなった。いい加減諦めようよ、俺。と何度も思ったがやはりそう思うのは頭だけで心のほうはそうはいかない。ちぐはぐな身体の中の2つの命令がごちゃまぜになって苦しくなる。もうなんだかこのまま駄目になっちゃいそうなかんじだ。「シリウス、今悩み中だったりする?」ああほら、ジェームズにも気付かれた。俺のあほ。 「……なんでだ?」 「いや、最近ちょっとそうかなーって思うところがあって。元気ないしうざいくらいの覇気もないし。もしよかったら話聞くけど、なんかあった?っていうかあったよね。なにがあったんだい」 今ベットでごろごろしているところからは想像もつかないが、これでもジェームズは仲間の中では一番洞察力があると思っている。けれどまさかここまで見透かされてるとは、とそのことに驚きつつも安堵している自分がどこかにいた。なんとなく、ジェームズがこうやって話を切り出してくれるのを自分は待っていたような気がする。そろそろひとりで考えるのも苦しくなってきたのかもしれない。そう思いながらどうやって話そうかととりあえずジェームズのベットの近くまで移動して、ベットにもたれるようにして床に座り込んだ。外堀から埋めていくように、誰にも言うなよと前置きを言ってから本題に入る。 「……好きなやつができたんだけど」 「……あー……うん、で?」 「そいつには既にボーイフレンドがいて……でも取り合うとかそういうことはしたくないって思った。けど、やっぱりそう思っちまうんだ、俺の我儘でしかないのに」 自然と視線が床へと落ちた。ジェームズに相談したことを後悔しているわけではなく、思っていることを口に出したらやはり自分がかっこ悪くて我儘で。分かってはいるしそんな情けない自分はいやだけれど、どうしようもない。だから苦しいのだけれども。 「頭と身体の求めているものが正反対なんだ……もう、どうすればいいのかわからない」 うつむいた顔を右手で覆う。ジェームズならそんな真似はしないだろうが、かっこ悪い顔を見られたくない。いつのまにかベットの上の騒音が止んでおり、ジェームズがどういう体制で俺の話を聞いているのか分からなかったが真剣に聞いてくれているのは分かった。ジェームズ本人にいろいろと問題点はあるにせよ友人は実に大切にするひとである、それは当然のことだが普通なかなかできないことでもあるのを俺は知っていた。一瞬羨ましさが脳裏を掠めたが、それはジェームズの言葉によって打ち消された。 「ごめん、君の言ってる好きなひととそのボーイフレンドっていうの分かってしまったよ……でもまぁそれはおいといて。――君は頭のとおりに動けるほど器用でもないし、それに服従するほどちっぽけな男ではないだろう?」 「……ジェームズ、」 「なにに躊躇してるかはなんとなく分かるけど、そんなの俺には関係ないって言ってるいつもの君はどこへいった?……まぁ君らしいといえば君らしいが、ちゃんとそこをはっきりしないと後で自分が苦しいだけさ」 ギシリとベットの軋む音が静かに響く。 カツンというジェームズの靴の音がして、いままで靴のままベットにいたのかよとこんな場面ながらに小さな笑みが漏れた。黒い影がふと自分に堕ちる。あたたかくて太陽みたいな小さな風が肌をかすめた。いつだって俺を受け止めてくれる、ジェームズの空気。カツンと再び靴の音が響く。 「You are free like a bird.」 ぽんと頭に軽い衝撃を感じる。ぱっと上を向くと、ジェームズのお日さまみたいなにかっとした笑みとかちあった。急にそんな笑みを向けられてどう返せばいいか分からずにただ驚いていると、ジェームズは俺の頭から手を離してドアに近づき、やがてドアノブを掴む。 「So you should seem to be you.」 それだけを言い残して、ジェームズは部屋を出て行った。部屋に残ったのは俺と、ジェームズの言い残した言葉のみ。 君は鳥のように自由だから、君は君らしくあればいい。 * 1か月、それは長いようで短い期間。けれどわたしにとってはとてつもなく長く感じた。そう思う理由は、既に手に入れているのに。 「、どうかした?……もしかして具合悪い?」 「――あ。ごめん、ぼーっとしてた」 ならよかった、と優しく微笑むリーマスに小さく笑みを返した。今は大広間で変身術の宿題であるレポートを2人でやっている途中である。大広間なのでまわりの談笑がうるさいにも関わらずついつい考えごとに没頭してしまった、と思いながらもわたしの“考えることがあったら納得するまでとことん考える”という性質では再びレポート作成に集中できるはずもなかった。リーマスもそれを分かっているのか、再びぼーっとし始めたわたしを見てもなにも言ってこない。こうなったらとことん考えてやると無意味に意気込みながら、先ほどまで考えていたことを思い出して口を引き結んだ。考えなくては。自分勝手ではなくて、ちゃんと理解してもらえるような答えを見つけ出さなくちゃ。 「」 「ふぇ?」 話しかけてこないと思っていたリーマスが話しかけてきたのですっとんきょんな声を出してしまったが気にしない。考えこもうとしていた意識を必死で現状に持ってきて、なんとなく真剣な様子のリーマスを見て元々真面目に動かしてはいなかった羽ペンを置いた。なにを言われるのか予想がつかないのでリーマスから切り出されるのを待っていると、リーマスは一度息を吐いてから唐突に「やめようか」と言った。 「……え、宿題を?でもこれ明日提出だし、今やらないと」 「違うちがう、宿題じゃなくて。……僕らが付き合うの、やめようかってこと」 吃驚した。勿論リーマスが付き合うのをやめにしようと言ったことにも驚いたが、それよりも付き合うのをやめようと言われても悲しくも寂しくもなんともない自分に驚いた。そして気づく。分かっていたと思っていたのに、分かっていなかったのだということに。自分は愚かだと思っていたが、もっと愚かで酷くて惨忍だったことに。 (……ばか、だ) 羞恥と申し訳なさで自分がどうにかなってしまいそうだった。馬鹿で愚かでどうしようもない自分が恥ずかしくて、そしてそんなことを平気でしてしまったリーマスにすごく申し訳なくて。 「……リーマス……わたし、気づかなくって……ううん、気づいてたけど、分かってたけど、分かってなくて……」 視界がぼやける。でも泣きたくなくて必死で涙をこらえた。言い訳しか出てこない自分の口が恨めしくて、悔しかった。 リーマスを好きになると宣言してから1か月、さっきのリーマスの言葉でやっと気付いた。馬鹿じゃないかわたし、全然リーマスのこと好きになってなってなかった。リーマスは真剣にわたしを好きでいてくれているのに、わたしはそれ同等のものを返していなかったんだ。返していたつもりだったけれど、それはやはり“つもり”であって本当に返しているわけではない。本当の“好き”を返していなかったことが、わたしの罪だった。偽りの“好き”でも嘘の“好き”でもない、中途半端な想いを返していたこと。 そしてわたしの本当の愚行、それは気づいていてもそれをやめなかったこと。馬鹿なことをたくさんしてしまった。もらうばかりでは駄目で、ちゃんと返さなくてはいけなかったのに。ずるずるとここまで来てしまって、けれどそれをリーマスが止めてくれた。護られてばかりで助けられてばかり。そんな自分が悔しくてやるせない。 「いいよ、僕も悪いんだ。……がシリウスのことを好きでいるのがすごく必死で、でも楽しいことを僕は知ってた。そして僕がに同じような感情を抱いてるんだ、……同情するなと言うほうが無理なお願いだからね」 「でも、そんなの関係ない……わたしが、わるいんだよ……」 「……ちがうよ」 リーマスはそう言って小さく微笑むと、静かに片づけをはじめた。わたしは直接リーマスを見られなくて自分の手元にある羊皮紙と羽ペンをただ見つめる。 「君の付き合うべきひとは、僕じゃない」 唐突に言ったリーマスの言葉に少しだけ顔を上げる。それでもまだリーマスの顔を見ることはできないけれど。「Your lover is not me.」。わたしの愛しいひと、それはずっと前から知っている。ぶつからなくてはいけないときが、来たのだろうか。いや、来たのだろう。今。それをしなくてはわたしもリーマスも前に進めない。ぐいっとローブでやや強引に目じりに溜まった水滴をふき取った。 「ごめん、リーマス」 椅子から立ち上がって、わたしは杖で一瞬で荷物を片づけた。もっと早くにこうするべきだった。ごめんね、いやな思いばっかりさせてるのに、助けてもらってばかりで。たくさんたくさんもらったのに、なにも返してあげられなくて。 「シリウスの次に、リーマスが好きだよ」 でも、やっぱり、いちばんは譲れない。わたしのいちばんは、どれだけ断られても、どれだけ嫌がられても、シリウス、ただひとりなんだよ。それだけは絶対に変わらないし、与えてあげることができない。 たったひとつ、リーマスに返してあげられることさえいやだと思う自分がしょうがないと思いつつも申し訳なさでいっぱいで、不甲斐なかった。くるりと方向転換して扉に向かって早歩きでその場を離れた。そしてぽつりと、騒音にまぎれて今にも消えそうなくらいの小さいけれど、確実にリーマスの声が聞こえる。きっとこいびととしての、最後のことば。 「I loved all of you.」 君の全てが愛しかったよ。 優しすぎるんだ、リーマスは。彼のことばに泣きそうになった。 それでも何度も 振り返りそうになる 091126(あと1話で終われるだろうか…という気になってきた。たぶん終われる!にしても2話すっごく長くなった…1話すごい短いし3話目もそこまで長くならないとおもうのに。笑) |