「おっ……まえなぁっ!」
「うへ?」

なにを言うべきなのかとかそんなの考える余裕なんてなかった。とりあえず怒りと苛立ちが先走ってしまい、口をひきつらせてを睨みながらその感情を露わにする。おれに冷静というふた文字はかけらもないらしい。相変わらず短気という言葉がお似合いの男だね、なんてジェームズに言われそうだと思った。

「こんな寒いとこに座ってる奴があるか!風邪どころか凍傷になりかねないっつーの!つーかスカートの中見えてる!」
「み、見るな変態!スパッツ穿いてるからいーんだよ!」

俺だって決して見たくて見ているわけではない、見たくなくても見えてしまうのだ。そんなことを言ったってほとんど無駄だと分かっているので口には出さないが、しかしスカートの中を隠そうともしないには呆れを通り越してほとほと感服した。お前それでも女か。まったく仕方ないのでローブを脱ぐと、ばさりとの膝元にかぶせる。さすがにずっとスカートの中を見せられるわけにはいかない。ローブ一枚ではほとんど暖かくならないのと同じで寒さもほとんど変わらなかった。

「ちょ、シリウス寒いんじゃ」
「いいから」

が慌てた様子で立ち上がってローブを返そうとしたがそれを制して、立ち上がったの肩にかぶせた。そしてそのままの手を引いて塔の階段をひとつ下りる。なぜかは何も言わずにおとなしく手をひかれており、好都合といっては好都合なのだがいつものと少し違う気がする。高い塔に甲高い足音が2人分響いた。こだまする音が寒々しい。

「……なんであんなとこにいたんだよ」

呟くようにに問うと、はしばらくしてからぽそりと吐き出すように「シリウスを探してたの」と言った。はぁ?と俺が意味が分からないという顔をして振りかえると、の困惑の色が強い表情が見える。は俺からの視線をうけてしばらく戸惑ったのち、顔を少し俯かせた。暗がりでよく分からないが、引いている手の体温が少し上がった気がする。

「……なんで俺を探してるんだ?ていうかこんな季節に塔にいるわけないだろ」
「だ、だって!談話室も大広間も図書室も、空き教室まで探したのに見つからなかったから……どこにいたの?」
「今までずっと部屋にいた。ま、見つかるわけねぇな」
「……そだね」

くるりと向きを変えて、再び階段を下り始めた。今度はの手を引いてはいなかったがちゃんとついてきているようで、2人分の足音が聞こえる。が俺の「なんで俺を探していたのか」という問いに答えていないのは分かっていたが、その答えを聞くのが怖かったので再度質問はしなかった。

「なぁ」
「ん」

階段を下りながら後ろにいるに声をかけると、短い返事が返ってくる。俺たち以外誰もいない天文学で使う塔、2人分の甲高い足音が階段中にこだましていた。肩から提げている俺のかばんは教科書やらインクやらでずっしりと重く、しかし慣れてしまったその重みに今は安堵さえ感じる。後ろからの小さな息遣いが聞こえた。相変わらず足音が静かに響く。今しかない、と思った。

こんなに緊張、いやどきどきするのは生まれて初めてかもしれない。今まで俺に想いを告げてはこっぴどくふっていった女たちに少し申し訳なく思う。いままであいつらもこんな気持ちだったのだろうか。俺が女たちと同じような目に合いませんように、とずるいかもしれないが一瞬願ってからくるりと急に振り返った。が息をのむのが聞こえる。

「ごめん、困らせると思うから先に謝っておく」
「ん、なにが?」
「好きだ」

言っちまった、と即座に思う。でも後悔はしていなかった。





どうやって告白しようかな、なんて塔の階段を下りながら考える。シリウスもどうやらわたしを探していたようで、もしかして脈ありなのかな、と思ってしまうが違ったら怖いので小さく頭を振った。忘れよう。今告白しちゃおうかなぁ。いやいややっぱり告白というものにはムードというものが必要であって、いまここにはそれは欠片もありはしない、ということでやめよう。じゃぁいつしようか、今日の夜?それとも明日?明後日?……その日が来ては先延ばしにする自分が目に浮かぶ。やっぱり今しかないのかなぁ。

「なぁ」
「ん」

考えごとをしていたときに急にシリウスに声をかけられたので、短く返事をする。シリウスはいまなにを考えてるんだろう。もし「今日の夕食ってなにが出るんだろうな」とか考えてたらあとで一発蹴りでも入れてやろうか。いや、怖いのでやめとこう。この寒さのことについて考えてるといいな、と自分の願望を思ったとき、急にシリウスが足を止めて振り返った。急なことに思わず息をのむ。どうしたの、と言おうとしたがそのはじめの言葉も言わないうちに、シリウスから「ごめん、」とこれまた急に謝られた。え、なんでシリウスが謝るんだろ。どっちかというとわたしが謝るべきなんじゃないんだろうか。

「困らせると思うから先に謝っておく」

あぁなるほど、と納得すると同時にクエスチョンマークが頭にいくつも浮かぶ。一体シリウスはわたしになにをするつもりなんだろう。わたしが困ること?わけが分からないので「なにが?」と聞くと、シリウスの口から一生聞けないだろうと思っていた言葉がぽろっと出てきた。

「好きだ」

一生かかっても聞けないだろうと思っていた言葉がこうも簡単にぽろっと出てきてしまったので、わたしは一瞬動作を止めた。まさに、動かしかかっていた手を時間をとめたかのように、ぴたりと。しかし数秒もするとシリウスの言った言葉を理解しようと頭が超高速で動きだして、ぱたんと手を下ろした。考えろ、考えるんだわたし。自慢ではないがこんなときこそ優秀な成績をとることができる頭を使うべきなんだ。実践で強くなるんだわたし、がんばれわたし。きっとできる。いけない、逸れた。

「……う、うそ!……な、わけ、ないか」

自分で言いながら、それはないと分かっていた。自分の願望も混じっているのかもしれない。「嘘じゃねーよ」というシリウスの声も聞こえる。あ、願望じゃない。現実だ。

「だ、だって……シリウスわたしのこと、ふったじゃんか」
「3年も前のはなしだ。今変わっててもおかしくないだろ?」
「……お、おかしくは、ないけど……」

3年前にわたしをこっぴどくふったやつがなにをいう、と心の隅で思ったがシリウスがわたしのことを好きだと言ってくれたことにひどく喜んでいる自分がいた。心のままに素直に喜んでいいのか、それともそうするべきではないのかよく分からない。

「お前にはリーマスがいるのにな。困らせて悪かった。……言いにくいかもしれないけど、返事、今いいか?」
「……ちょ、え?ま、まって、分かったから」

そうだ、リーマスと別れたってことを言わないといけないし、それから返事も、今言わなくちゃいけないし。でもどう言おう、イエス、それともノー?いやその答えはもうすでに決まっている。

「と、とりあえず……リーマスとは、別れた、よ」
「……は?別れた?」
「うん、そう、別れた。ので、わたしは今フリーってことで、そこは問題なし」
「……いろいろ聞きたいが、今はやめとくか。で、答えは?」

イエスかノーかどちらかを取れと言ってくるシリウスに舌を巻く。これじゃぁもううやむやになんてできない、けれどどこか安堵している自分がいた。二者択一を迫られて、本当はよかったって思ってるのかも。

「……わたしは、ね」

一呼吸置く。少し言うのを躊躇って、ざり、と靴底をコンクリートの床に擦らした。その瞬間、世界が反転する。





とっさに手すりを掴んだ俺はすごいと思う。急にががくんと斜め前に傾いて、俺はそれを条件反射のように抱きとめつつも自分とがこのままだと階段からまっさかさまに落ちてしまうということを瞬時に考え手すりを掴んだ。腕がもげそうな痛みが走ったが、少々顔をゆがませた位で済んだ。このまま数十メートル階段を転げ落ちるよりかはマシだったのは確かである。

「……っぶねーな」
「…………うん」

は放心中なのか、呆然としたまま微動だにしなかった。表情は見えないが身体が強張っているのは分かる。まぁ人間階段から転がり落ちそうになればそうなるわな、と妙に納得しながらも元の体制に戻った。離すとそのまま人形みたいにぶっ倒れそうなのでは抱きとめたままだ。そのの体温が妙に心地よくて、ゆるりと両手をの背中に回す。一瞬がたじろいだのが分かった。

「……ごめん。今、だけ」

せめて、至福のひとときを味わいたかった。きっと最後になってしまうであろう、それを。

がノーというのは目にとれて分かったいた。あそこまで戸惑っていたんだ、ノーでないはずがない。俺が3年前をふったように、俺が連日女たちをふっているように、も俺にノーと返事をするのだろう。それが、や女たちが味わった、痛み。今までの戒めなのかもしれない、と思いながらゆるゆると腕を解こうとすると、もぞ、とが動いた。吃驚して動けずにいると、ゆっくり、が俺の背中に手を回す感触が伝わる。

「……助けてくれて、ありがとう」
「……あぁ」

これはそのお礼か、と落胆すると同時に喜んでいる自分が情けなく思う。ゆっくりとを押し返そうと肩を小さく押すと、の腕は更に強くなったように感じられた。思わず「え、」と声を漏らす。するとは俺の胸に顔を押しつけたまま、ぼそぼそと言った。

「わたしも、好きだよ」
「……え?」

聞き取れなかったわけではないが、あり得ないと思っていた言葉を聞いたのでついつい聞き返してしまった。今なんて言った?好き?が、誰を?俺を?まさかまさか……いや、まさか。そうもんもんと考えていると、は顔を俺のほうへと向けて小さく笑った。今は、そんな動作ですらいとおしく感じる。

「I love you the best.」

あなたを最高に愛してる。これ以上ない言葉に泣きそうになった。俺は今、きっと世界一の幸せ者だ。



ずっとこの幸せを求めてた




091210(最後がやけにあっさりとなってしまったのが心残り…かもしれないですが結構満足してます、無事終われたので。もし余裕があったら番外編いつか書きたいなぁと思ってます、リーマス視点とかでね…!)

(ロゼットとはリボンや布で作ったバラの花形の飾りのことです。生花のバラみたいに美しくもいきいきもしていない、けれど純粋であたたかいバラのような恋のはなしを書きたいと思ったのでタイトルに使いました。話としては、いろいろごたごたがあったわりにあっさりとした終わりかたになってしまって、期待していたかたには申し訳ないです…。では、たいしたものではありませんでしたがここまで読んでくれてありがとうございました!)