わたしと光夜が恋人同士であるということは私的なことなので公表はしていないが、 べつに知られて困るものでもないので聞かれたら素直に答えてきたし知られてもそのままだ。 おそらく紫洞や橙華にも間者を通して知られていると思うが、だからといって別れるなんてことはしない。 あらかじめ、もしどちらかが窮地に陥っても冷静な判断を下すということを約束してそういう関係になったので、 この関係をどう使われようと構わない。 第一、わたしはともかく光夜が前線に出ることはあまりないのでその約束を果たす日は到底来ないと思うが。 しかしどうもわたしは恋愛に対して淡白な感情を持っているようで、 光夜の恋人だからといって光夜を独占するわけでもなく、 街に出たときに聞こえる光夜への黄色い声に苛立つこともなかった。








「でもさ、それでいいわけ?」


「いいって、なにが」


「だから、そんな味気のない恋愛でいいのかってこと」








ぽいっと口の中に杏の焼き菓子を放り込んだ澪良は、もぐもぐと口を動かしながらわたしの返事を待っているようだった。 てっきり言葉を続けるのかと思っていたので、それではご遠慮なくと先程の澪良の返事を考える。 わたしがそういうことに疎いのでよく分からないのだが、これは味気のない恋愛、なのだろうか。 なんて思っているあたりできっとそれは味気のない恋愛なのだろう。 頬杖をついて考えながら、わたしも杏の焼き菓子を指でつまんだ。 そのまま口に運んで呑みこみ、東屋の周りに人影がないのを無意識に確認しながらどう返したものかと思案する。








「なんていうか、こう……光夜がどう思ってるかは知らないけど、わたしはべたべたしたいわけじゃないんだ。 ほら、なんかさ、芦琉殿下と緋奈さまがそういうことするのは微笑ましく思えるけど、 わたしと光夜がそういうことするのは、なんか違う……と、思う」


「ふぅん?よく分かんないけど」


「……分かんなくていいよ、べつに」








光夜が好きだと自覚はしているけれど、自分でも驚くくらいそれに執着がなかった。 それはわたしと光夜が仕事仲間だからとか、光夜が未来の宰相と言われるくらいの頭脳の持ち主だからとか、 そういった理由だからじゃない。 しかし、それならどうしてそんなに執着がないのか、という疑問の答えを見つけることは、何度も挑戦しているができなかった。 だから一応、これはわたしが淡白なせいだということにしておく。 あながちはずれではないのかもしれないと、なんとなく思った。








「まぁ、他人の恋愛事にあまり口出しはしたくないからもう聞かないけど。 あんまり放っておいたら光夜がかわいそうだよ」


「……わたし、そんなに光夜に無関心だったりする?」


「傍から見りゃね。だからあんたたちの関係に気づくひとなんてそうそういないし、たまには光夜との時間つくってあげなよ」


「……それってたぶん、光夜がわたしにその時間をつくる時間をくれないと、無理なんだけど」


「……あぁ、光夜が上司だとそんな時間ないのか」








澪良はわたしの言いたいことが分かったらしく、吐息をついてそう言うと再び杏の焼き菓子へと手を伸ばした 一応わたしは立場上、光夜の部下となっているので仕事は全て光夜から言いつけられる。 しかしその上司が鬼すぎるせいで、その上司のために割いてやる時間がほとんどないのだ。 こうやって澪良と会話をしているのはたまたま光夜が休憩をくれたからであって、もうしばらくしたら仕事に戻らなくてはならない。 わたしだって光夜のために時間を割こうかなと思ったりするが、 光夜はわたしにそんなことしてほしくないとでも言うように仕事を次々と押しつけてくる。








「もぉあの鬼上司……きっとわたしに構ってほしくないんだよ……」


「なに、あんたは構ってあげたいの」


「……構ってほしい」


が素直なのは珍しいね。惚気?」


「ちがう」








もうあんな鬼上司知らない。ぽてんと顎を机に乗せて、頭を抱えるように後頭部で手を組む。 光夜とべたべたしたくないわけじゃないし、仕事以外で時間を共有したいって思わないわけでもない。 でもそれを光夜が許してくれないのだ。 そう思いながらわたしも自棄気味に杏の焼き菓子に手を伸ばした、そのとき。








「来ないと思ってたら澪良とお喋り中とは……なに考えてんだお前」


「こここ光夜!」








吐息混じりに聞こえた声に、杏の焼き菓子へと伸ばしていた手を急速に引っ込めて前のめりになっていた身体を起こした。 声が聞こえた左側の廊下をぱっと見ると、そこには東屋の一歩手前というところに光夜がやれやれといった様子で立っている。 光夜はもう一度吐息をつくと、仕事、と短く言いながら東屋に足を踏み入れた。








「休憩時間過ぎてるから探してたんだよ」


「え、う、わぁ……す、みませんでした」








あわあわと動揺するのもつかの間、仕事の話を持ち出されたので急いで頭を切り替え、 空の具合を見ると光夜に言われた通り休憩の時間は過ぎていた。 やってしまった、と座ったままだがぺこりと頭を下げるとまた溜息が聞こえる。 なんか光夜に溜息つかせてばかりだと頭の片隅で思いながら、 光夜の仕事戻るぞ、というこれまた吐息混じりの声を聞いて立ち上がった。








「ごめん澪良、もう行かなくちゃ。この杏の焼き菓子、ありがとう」


「いーえ、どういたしまして。仕事がんばんなよ」








こくりと苦笑しながら頷いて返事をすると、行くぞ、と歩き出した光夜に腕を引っ張られてわたしもつられるようにそのあとに続いた。 澪良に手を振ってから前を向いてしばらく歩くが、光夜はわたしの腕を離すことはなくそのまま執務室に向かってずんずんと進んで行く。 なんで離してくれないんだろう、もしかして休憩時間過ぎたことを怒ってるのだろうか。 冷や汗が背中を伝うような気がするが、光夜に「離して」とはどうも言えなかった。 そして執務室の中に入ったとき、やっと、腕を離される。








「ご、ごめんなさい、怒ってたり……してる?」


「……は?いや、なに言ってんだお前」








どうやら怒っていたわけではないようで、変な目で見られるが安心した。 そうだよ、光夜がこんなことでいちいち怒ってたらわたしは今ごろ怒られっぱなしじゃないか。 そんなことを考えていたら、光夜はいつもどおりに仕事を再開し始めたので、さっきのはなんだったんだ、 と首を傾げながらわたしもいつもどおりの業務をこなし始めた。








「……あのさ、お前俺に構ってほしいのか?」


「え?あー……いや、構ってほしいとかそんなんじゃ――って、直球で聞かないでよ」








あ、悪い。と返したきた光夜に「いや、どうでもいいんだけどね……」と内心呆れながら告げる。 もしかしてさっきの澪良との会話を聞かれたのだろうか、と思ってちらりと光夜をうかがうが、 でもさすが未来の宰相、光夜の表情からわたしの観察力ではなにも読み取ることはできなかった。 少しだけ頭を整頓させて考えてみるが、まぁ本人に聞いてしまえ、とそれとなくそのままの質問を投げかける。








「ところで、なんでわたしが構ってほしいとかそういう話に?」


「さっき澪良と話してただろ。あと、お前俺になにも言ってこないししてこないし、 ……構ってあげるより構われたいんだろうか、みたいな」


「……あのさ、わたしが言うのもあれだけど、普通女の子は構ってあげたいよりも構ってもらいたいと思うはずだよ」


「あのな、お前は普通の女の子じゃないだろうが」








う、と言葉に詰まる。たしかにわたしは普通の女の子であると自分で言い切れる自信はない。 普通と違うというのはたくさんあるけれど、たとえば恋愛に淡白なこと。 普通の女の子ならば、相手の男の子に執着していろんなことしてあげて、 幸せを育んでいくのだろうがわたしはそうしようとは思わない。 自分がちょっと他人と変わっているということはなんとなく自覚しているので反論することができず、 しばらく黙っていると光夜の小さな吐息が聞こえた。 そして光夜はちょっと真面目な表情をして、飄々と恥ずかしい台詞をぽろりと零す。








「構ってほしいなら、言ってくれればちゃんと時間とってやるから。 俺だってと仕事以外のこともしたいに決まってるだろうが」











放っておいたら

なんか非常に恥ずかしくてひっかかる言葉が聞こえたような気がした、んだけど。











090918(最後の光夜の言葉にとくに意味はない!  ちょっと瑠璃花夢を探してみたんですが、見事に無いに等しいのに笑ってしまった。 二次創作はあっても夢はないですね…ましてや光夜夢なんて…。光夜の人格がつかめなくて困ります)