未来の宰相と言われる光夜の直属の間者。 決して光夜以外の命令を聞くことも光夜以外に屈することもなく、全てにおいて優れているといわれている最強な裏の参謀。 常に闇の世界に隠れていてごくわずかな者を除いては容姿を全く知らないという謎の間者。 全く掴めないその人物は王宮内では“霞”と形容されていた。 「……それが、実はこんなひょろっこくて小さい女だなんて誰も思うわけないよなぁ」 「小さいって言うな、若いと言え!」 くくっと喉で笑う光夜に苛立ちを覚えて反撃すると、なぜか更にお腹を抱えて笑われてしまった。なぜだ。 未来の宰相とは思えないバカっぽい笑いかたに口の端を持ち上げて、お酒の注がれた杯に口をつけた。 光夜は半分酔っているのかなかなか笑いを辞めずに、先ほどのバカっぽい笑いは収まったがまだ喉の奥で声を押し殺すようにして笑っていた。 こんなにバカっぽく笑うやつにこんなに笑われるなんてちょっと馬鹿にされてるような気がした。あれ、なんだか言葉がおかしい。 わたしも酔ってきたのだろうか。 「にしても、すっごい形容されてるよな、これ……か、霞なんて呼ばれてどうするんだよお前っ!」 大口を開けて再びバカっぽく笑う光夜に今度は目もくれないまま徳利からお酒を注いだ。 なんでこんなふうに言われているのかわたしのほうが知りたい。 霞ってなんだ霞って。せめてもうちょっと可愛い呼び名にしてほしかった。 『未来の宰相と言われる光夜の直属の間者』というところは合ってる。 『決して光夜以外の命令を聞くことも光夜以外に屈することもなく、全てにおいて優れているといわれている最強な裏の参謀』。 これもまぁまちがっているわけではない。 実際わたしは光夜以外の命令を聞いたことはないし光夜以外に屈したこともない。たとえそれが黒嶺陛下だったとしても、だ。 それに武術に関しても勉学に関しても豊富な知識と腕前を持っていることを否定はしない。 ちょっと自惚れているかもしれないがそこらへんの武官ならば一発で気絶させることぐらいはできる。 しかし問題はそのあとだ。 『常に闇の世界に隠れていてごくわずかな者を除いては容姿を全く知らないという謎の間者』。 ありえない。これはぜったいありえない。 わたしは雨の日も風の日も雷の日も嵐の日までも光夜にこきつかわれ、王宮の中や城下を走り回っている。 書状届けてこいだとか殿下に返事聞いてこいだとか宰相の相手しておいてくれだとかほかにもいろいろ。 それに光夜が王宮を出るときは9割方は一緒に付いていく。 そんなわけで、王宮のひとならば全員とまではいかないがほとんどの者がわたしの存在を知っているはずなのだ。 噂が噂を呼んで更にどうでもいい空想や幻想までが噂となり果て、いつのまにかわたしの存在がこんなふうに形容されてしまったのだ。 なんということだ。 「今更わたしが例の“霞”です、なんて言えないしなぁ。どうしようかぁ」 「ほっとけほっとけ、俺の株も上がるしそのうちどうでもよくなるって」 光夜の杯にお酒を注ぐと、やっと笑いが収まったのか光夜は杯に手を伸ばした。 細くて綺麗な手が杯を掴んで、それを口元へと運ぶ。くそう、絵になりそうなほど美人だ。 さらにいまは酔っているのでいつも以上に優艶のような気がする。実際そうなのだろう。 「羨ましい、ようなそうでもないような……」 「は?なにが」 「酔ってる光夜、すごく優艶っていうの?色っぽい」 「あー大丈夫大丈夫、お前も十分そうだって」 「……完全に酔っぱらってるでしょ光夜」 何を言うんだこのひとは。 そうげんなりしながら思うと、そろそろ潮時かと杯に残っていたお酒を飲み干した。 そのまま自分の杯を盆にのせて、徳利と光夜の杯も盆にのせようとした、そのとき。 「まだお子様なには分かんないだろーけど、お前が完全に酔ったら俺襲う自信あるんだけどな?」 |
091116(酔った光夜とヒロインのはなし。 最後の言葉は、それほどおまええろいよってことなんです…ごめんなさ。 瑠璃花にお酒ってありますよね…?その描写ないだけで…) |