「では、そのように致しますね」
「あぁ。頼む」

ぺこりと頭を下げて「それでは、失礼致します」と呟けば背後の扉が開かれる音がする。 許しも聞かないままに頭を上げてさっさと扉の方へと向かうが、それが黒嶺では普通のことなので咎められることは無かった。 そのまま廊下に出て扉で待ってくれていた毎回付き添ってくれる馴染みの若い衛兵さんに終わりましたと告げると、 彼もご苦労様ですと私に返事をして、扉の衛兵さんにも頭を下げた。

私が廊下を歩き出すと丁度一歩分後ろをついて来る衛兵さんは、毎回のんびりと門へと向かう私を急かすことも咎めることもなく、 今回もまっすぐ門へとは向かわずにうろうろと王宮を徘徊しだした私に何も言わなかった。 それだけの信頼と実績があるのだと、そう思っても自意識過剰ではないだろう。 それは先ほど訪れた黒嶺王が証明してくださっている。

私の家は呉服屋を営んでいる。なんと黒嶺王家御用達の店なので城下ではなかなか有名だ。 4つ上に兄がいるため私が店を継ぐことはないが、それでも染物や裁縫や機織りなど店を営んでいくために必要な知識は持っている。 数年後には店の主になるであろう兄の仕事を手伝いつつ、接待をするのが私の役目だ。 そして今日も、黒嶺王に呼ばれて新しい衣服の注文を受けてきたところである。

「どうですか、最近お店のほうは」
「おかげさまで相変わらず繁盛していますよ。最近は貴族の方からも注文が増えるようになりました」
「質の良さは黒嶺王のお墨付きですからね。忙しいのではありませんか?」
「えぇ、それなりに。しかし忙しいと思えるほど嬉しいことはありません」

季節の変わり目が近いので最近は貴族の方からも城下の人々からも注文が多く忙しい毎日を送っているが、 それは商家にとっては願ってもいないことだ。 私の呉服屋で働いている人たちも、疲れながらもどこか生き生きとした様子で仕事をしている。 かくいう私も連日いろんなところに引っ張りだこだが、忙しいと思えるほどやりがいを感じているのは言うまでもない。 そんなことを衛兵さんと話しながら、庭を眺めつつ廊下を進んでいたときだった。

「!」
「……光夜さん」

名前を呼ばれて振り返れば、そこには私を探していたのであろう光夜がこちらに向かってきている。 衛兵さんが光夜に頭を下げて壁の隅まで下がると、 すぐそばまで来ていた光夜は私の腕を掴んでこれから私が進もうとしていた方向と真逆のほうへと進みだした。

「わっ、こ、光夜さん?!」
「仕事の話がある。……こいつは俺が門まで送る、仕事に戻ってくれ」
「分かりました、お願いします」

光夜に連れられながら振り返って衛兵さんにお礼の意を込めて頭を下げると、衛兵さんもにこりと笑みを返してくれた。 そして正面を向くと転ばないように足元に気を配りながら光夜に連れられるままに廊下を進む。 進む方角から見ておそらく彼の執務室に向かっているのだろう、今まで何度か訪れたことがあるのでその場所は把握していた。 私はこっそり辺りを見回して人がいないのを確認すると、それでも声の大きさを落としてぽそりと光夜に告げる。

「……光夜、本当に仕事の話?私、この後も用事詰まってるのだけれど」
「真剣に仕事の話だ。ちょっと急ぎの件が出来てな。……他のことを期待したか?」
「す、するわけないわよ!」

馬鹿、声落とせ、と呟かれて口をつぐんだ。 確かに今のは声を張り上げてしまった私が悪い、しかしこれは光夜にも非があるのではないのだろうか。 そう思ったもののなにか言えば三倍で返ってくるのが光夜だ、その返事が恐ろしくて口になど出せたものではなかった。

そうだ、なにを隠そうか私は、光夜とこっそりお付き合いしているのである。



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110731(光夜の中編に挑戦です。ヒロインちゃんは短編とは別人という設定)