「……う、浮気なの?」
「俺がそんなことするか!」

光夜の部屋に来たらそこには槐斗さんや芦琉殿下もいて、 何事かと思えば光夜から「朱根の女物の衣服を仕立てて欲しい」と言われて。 ないと分かっているものの、ついその冗談がぽろっと出てきてしまい、結果光夜に頭ごなしに否定されて終わった。 ふと視線をずらせば手を口元にあてて笑いを堪えている槐斗さんと芦琉殿下がいて、 本気だったら笑いごとじゃないんだけど、と苦笑を浮かべながら思う。 いや、そもそも光夜に限って浮気などありえないと思うのだが。

「それで、なんで急に朱根の女物?誰か潜入でもするの?」
「それだと適当に朱根で買えば済む話だろ」
「それもそうね。……聞いてはいけない話かしら?」
「いや……」

光夜は芦琉殿下に視線を送り、そして殿下が頷いたのを確認すると私にこれからのことをかいつまんで打ち明けた。 朱根に討ち入ること、そしてそこの王女をこの王宮に連れてくること。 予想をしていないことではなかったのでとくに驚くようなことはなく、 話が終わり「分かった」とだけ返事をすると光夜は驚いた様子で「それだけなのか?」と尋ねてきた。

「まあ予想の範囲内だよ。最近それっぽい噂も貴族の方からちらほら聞くからね」
「……お前、呉服屋の娘なんて止めて王宮に来ないか?」
「というか、の一家ごとその頭脳が欲しいんだけどな」
「何度も言ってますが、丁重にお断りさせていただきます」

そう槐斗さんに返事を返すと、惜しいなあと芦琉殿下の声が聞こえて苦笑を漏らした。 私は今の生活に十分満足しているのだ。衣服を仕立てて、それを届けて、注文を受けて。 王宮で官吏として働くのもまたこれと違った楽しみややりがいがあるだろうが、私はいまのままでいい。 ただひとつ、光夜と堂々と恋人同士であることを公言できないのが虚しいものではあるけれども。

城下の呉服屋の娘である私と時期宰相と言われるほどの頭脳を持つ光夜。 相応しいとは言えないのだと分かりきってはいるものの、やはり、お互いこの関係を止めようとは言い出さなかった。 毎日会うことはできなくても、私は週に一度ほどの割合で王宮を訪れている。 仕事が忙しいときはほぼ毎日訪れている時期だってあるのだ、ただ、会わないで帰る日も多々あるけれど。

私が光夜とこのような関係であることを知っているのは芦琉殿下と槐斗さんと、 あといつもの衛兵さんや黒嶺王も薄々気付いているとは思うけれど、それだけなのだ。 打ち明けて公言したところで、城下の娘と時期宰相がなぜそのような関係に、と言われるのが見えている。 それが分かっているからこそ、ここから前には進めない。進んではいけないのだ。

時間の経過を感じてそろそろ次の仕事も立て込んでいるのでと告げて退室しようとするが、 芦琉殿下と槐斗さんは「もう少しくらいゆっくりしていけ」と言って逆に部屋を出て行った。 光夜と少しは仕事抜きで一緒にいろということだと思うのだが、気遣いをさせてしまったかと少し申し訳なく思う。 空の様子を見てまだ少しだけ余裕があるのを確認すると、まあ少しだけならと思い直して長椅子に腰を下ろした。

「これから例の件で忙しくなるだろうから、こうやってゆっくりするのもしばらくお預けだな」
「そっか、寂しいわね」
「……寂しいのか?」
「え、……まあ、そこそこ」
「……そうか」

正直に告げるとそれは光夜の機嫌を良くしたのか、光夜はにやりと笑みを浮かべると長椅子に座る私の正面までやってきた。 そしてそのまま流れるように腰を落とし私の頬にさらりと手をかけると、「今日は素直だな」と小さく囁いて私の瞼に唇を寄せる。 私は急変した光夜の様子にたじろぎながら瞳を閉じると、すぐに唇を塞がれた。 二度目だ、と思う。そしてそんなことを思っている自分が恥ずかしくなってきつく眼を瞑った。



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110731(光夜が恥ずかしいうえに偽者だ(笑) )