バスケ部に割り当てられている第三体育館をひょいと覗けば、そこは予想通りバスケットボールの跳ねる音とバッシュの擦れる音が響いていた。知らない人が多くいる中見知った顔をちらほら見つけるものの、彼らは体育館の入口からは遠いところで練習しておりこちらに気付いてもらえる可能性は低そうだ。かと言って見知らぬ相手に話しかけるのもやはり勇気がいることで、どうしようかと入口付近でまごついていると少し離れた人物と目が合ったのを感じる。一瞬知らない人かと思ってぱっと目を逸らしてしまったものの、よくよく見ればそれは同じクラスである日向くんであり、慌ててこっちにきてと彼を手招きをした。日向くんはすぐに私だと気付いてくれたようで、周りにいた人に一言声を掛けると入口の方に駆け寄ってきてくれる。

「どした?
「あの、部活中にごめん…リコ呼んでもらえる?」
「カントク?」
「これ」

ピラリとプリントを見せてみれば、『生徒会総会の開催』というトピックに納得がいったのか日向くんは「ちょっと待ってろ」とだけ言い残して再び体育館の奥のほうへと行ってしまった。そのまままっすぐ日向くんがリコのところへ行き声を掛けているのを視界の隅に捕えながら、私は目を凝らして体育館の奥のほうにいるバスケ部員数名を見つめる。そしてその数名の中に幼馴染の姿を見つけて、そのバスケをしている彼の姿にふうと小さく溜息をつきながら笑みを漏らした。よかった、楽しそうで。そしてそのまま幼馴染がバスケをしている姿を見つめていると、リコが駆け寄ってくるのが見えたので慌てて彼女へと視線を戻した。

!」
「ごめんリコ、部活中なのに。でも副会長の印鑑が早急に必要で…」
「いや、いいのよ気にしないで」

そうやり取りを交わしながら例のプリントを手渡すと、リコはその場でざっと目を通し始めた。無駄なことは聞かないでさっさと事務的な手続きを済ませてしまう彼女に、やはり伊達に副会長はやってないなぁと感心する。いくつかリコに質問されたことに私の分かる範囲で答えると、彼女はポケットから印鑑を取り出して所定の位置にポンとそれを押し付けた。副会長の欄にくっきりと赤く『相田』という印が押されているのを確認してから、私は「ありがとう」と言ってプリントをリコから受け取る。部活の邪魔をしたくはないしさっさと立ち去ろうとしたのだが、リコは持ち歩いているらしいシャチハタを胸ポケットにしまいながら「そういやあんた、」と私を引き止めるように話題を切り出した。

「さっき、伊月君のこと見てたでしょう」
「や、別に…」

とっさに否定を返してしまったことにしまったと思うが、もう言ってしまったのでどうすることもできずそのまま口を閉ざす。少し視線を下げてリコのセーラーのスカーフを見つめながら、脳裏には先程見かけた幼馴染、俊がバスケをしている姿がくっきりと浮かび上がっていた。思い返せば、俊がバスケをしているのを見たのは一体いつぶりだろうか。高校に入ってから、特に私が生徒会に入ってからはリコから俊の話はよく聞くものの、直接俊がバスケをしている姿を見ることは数えるほどしかなかった。お互いの忙しさからということが大きいが、それは所詮表向きの理由であるということには私は勿論リコもとっくに気付いている。

こうやって生徒会だという建前を装いバスケ部が練習している第三体育館に来ることも、回数こそ多くはないがないわけではないのが真実であった。体育館の備品を確かめに来たり、業者の作業の確認をしたり、生徒会副会長であるリコへのおつかいを買って出たり。本心が俊のバスケ姿を見たいがためにそれらを利用していると言えば言い方は悪いかもしれないが、実質そんなものであった。生徒会書記という立場を疑われるかもしれないが誰にも迷惑をかけていないはずであり、むしろ生徒会室外の仕事をしてくれて助かるとよくメンバーからは言われているのだ。そもそも、私の本心を知っているのは副会長であるリコ以外にはいないのだろうけれど。

黙ったままの私に呆れたのか、リコは小さく溜息をついて体育館を振り返ったようだった。私もリコのスカーフから視線を外してそろりと彼女の目線の先を追うと、そこにはバスケットボールを持ちながら日向くんと話しているらしい俊がいる。あぁ、完全にばれてるや。今更なので落ち込みはしないものの、そんなにも私の視線は分かりやすいのかと今度はふてくされて俊から視線を逸らした。

「ま、あたしには関係ないけどね」
「リコ…、」
「おつかいありがと、。いつも生徒会の私の分の仕事も請け負わせて悪いなって、思ってはいるのよ」
「わ、私はただ、リコにはバスケ部を頑張ってほしいから…!」
「うん、分かってる。いつもありがとう、

じゃあ、と告げて体育館の中に戻っていくリコの後姿を見つめながら私は口を引き結ぶ。リコが言った通り、私は自分の役職、書記の仕事のみならず副会長であるリコの仕事も日々請け負っていた。勿論彼女がまったく仕事をしないというわけではないし、彼女が私に無理矢理押しつけたのでもない。私が、リコにはバスケ部に集中してほしいと、仕事を肩代わりさせてほしいと言ったのだ。これは正義心でも親切心でもない、ただ私が私の望みを叶えたかった故の利己心であるのだから、まったくもって職権乱用だと自分でも思う。私はリコに、延いては俊に、めいいっぱいバスケをしてほしいだけなのだ。