![]() ふと何かを感じて体育館の入口のほうを見れば、そこには幼馴染の姿があった。きょろきょろと体育館の中を見回しながらまごついている様子に、この中にいる誰かに用事なのだろうかと適当に検討をつける。そして彼女の手に白いプリントがあるのが見え、あぁ、またカントクに生徒会の用事だろうか、と思いながらすぐ傍にいた日向の名前を呼んだ。俺の方を振り向き「なんだ」と軽く応えた日向に、シュートを打つ体制に入りながら「入口のほう」とだけ短く告げる。これだけ言えばあとは察してくれるだろうとボールをゴールに向かって放てば、それはリングに当たって右のほうへと飛んでいった。日向からの視線を感じつつもそのボールを拾いに行けば、帰ってきたときにはもう日向の姿はそこにはなく、俺が先程告げた入口のほうへと駆け寄っているのが視界の隅に見える。元の場所に戻ってもう一度シュートを打てば、危なっかしいながらもそれはゴールの中に収まった。やっぱり雑念があるとだめだな、と小さく溜息をつく。入口のほうが気になるが、今ここで視線を向けてしまうのはどこか負けたように感じられるのでできなかった。あぁ、もう。 そうこうしているうちに一度カントクのところに行っていた日向が戻ってきて、表面上はなんでもないような顔をしているが言いたいことがあるのだろうなと肌で感じるものがあった。それでも何も言わず、聞いてもこないのは伊達に長い付き合いをしていないからか。彼とは中学時代からチームメイトであり、その頃から俺と、そして俺の幼馴染であるとの付き合いがある。今の俺とのぎこちない関係の理由を知っているであろう彼にいろいろ詮索されるのは正直気持ちのいいものではないし、そもそも日向はそんなことを察せないほどの馬鹿ではないはずだ。まぁ、彼の本心はどうにせよ、今の俺にとって日向の対応はありがたいことであった。 *** 「伊月君」 「…カントク」 部活が終わり今日の自習練の予定を頭の中で練っていたところをカントクに呼び止められ、ちょっと、と体育館の入口付近まで連れてこられる。カントクはあの後日向に呼ばれてのところに向かって少し話していたようであり、十中八九そのことだろうなと思いながらバサリと首に掛けていたタオルを取った。日向はあえて何も言わないでくれていたのに、どうして女子というものはこういったことに首を突っ込みたがるのか。それがカントクの優しさであるということも分かってはいるのだが、そう思わずにはいられなかった。そしてそんなことを思ってしまう自分にまた溜息が出る。のことになると冷静でいられなくなるということは自覚済みだった。 「あんまり口を挟みたくはないんだけどね、」 「…だろ、分かってるよ」 「分かってるなら、早くなんとかしなさいよ。見てるこっちがもどかしいんだから。…分かってるでしょうけど、幼馴染って案外脆い関係なのよ」 「…そうだな」 溜息をつきながら返事をする。それは本当に、この数年で痛感していた事実であった。とは幼稚園からずっと一緒であるが、年々幼馴染という関係は薄れてきつつあるように感じる。小学生の頃はまだ随分と仲が良く、一緒に登下校したり、両親が仕事の都合などで家にいないときはどちらかの家にお邪魔することもよくあった。中学に入った頃からは男女というものを意識せざるを得なくなり少し距離ができたように感じたが、学校ですれ違えば話をするし、なんだかんだで一緒にいることも多く、俺のバスケの試合もよく見に来てくれていたものだ。だが、それも中学3年になるまでの話である。 小2の頃からバスケを始めた俺を、一番近くで見てきたのはきっとであった。彼女もミニバス止まりではあるがバスケを経験していたので、よく練習にも付き合ってくれたし両親よりも様々な面での理解はあったと思う。けれどそんなを俺のバスケから遠ざけたのは、他でもない、俺自身であった。 「そんな簡単な話じゃないんだよな…」 「…」 ふうと本日何度目か分からない溜息をつく。遠ざけたのは俺自身であるというのに、近くにいて欲しいと思っているのもまた俺自身であった。こんなの虫が良すぎる。 高校に入ってからは様々な自由がある程度利くようになったものの、俺はバスケ、は生徒会で忙しく、それが建前に過ぎないと分かっていはいるのだが、しいてお互いに近寄ろうとはしてこなかった。どうにかしなければと思わなかったわけではない。けれどどうにもできないでいるうちに、高校生活ももう1年以上が過ぎてしまっていた。まったくもって、幼馴染という関係はなんと脆くて不確かなものなのだろうかと実感させられる。 「、さっき伊月君のこと見てたわよ」 「…あぁ」 「…」 「…なんとか、できるといいんだけどな」 これでこの話は終わりだとでも言うように、カントクに片手を小さく挙げて挨拶をしながら踵を返した。心配してくれているのは分かるし、それはありがたいと思っている。けれどこれは去年の日向とカントクの問題のように、そう簡単に決着がつくものではないのだ。それはここまでずるずると引きずってしまった時間が物語っており、その時間は更に俺の身動きを取りづらくする。まったく俺もも面倒なタチだと、そう思わずにはいられなかった。 |