![]() 小学校2年生のとき俊がミニバスを始めたと聞いて、「私もやりたい!」と母親におねだりをしたのを今でも私は覚えていた。おねだりが上手くいったときは俊と一緒にミニバスができるということに喜んでいたのだが、いざミニバスチームに入ってみれば、チームは男女で別れていたので一緒にプレーすることは叶わないのだと落ち込んだ記憶がある。この年になって考えてみればそりゃそうだろと苦笑いしか出てこないのだが、あのころは俊と一緒にプレーできないことが大変悔しかったのだ。とは言っても、私がミニバスに入ったことを知ると俊はとても喜んでくれたし、同じコートでプレーすることはなかったものの近所の公園にあった低いバスケットゴールで一緒にいろんな練習をした。たまに練習試合などで俊の男子チームと戦うこともあったのだが、その時は意味もなくお互いに闘志を燃やしあったものだ。今思うと微笑ましいほかにないが、当時は必死になって俊に追いつこうとしていたのである。 中学には女子バスケ部がなかったためそこからバスケからは身を引いたものの、俊のバスケをしている姿を見るのは依然として好きだったし、私自身バスケが好きだということに変わりはなかった。だから俊の練習にもよく付き合ったし、小学生の頃より頻度は低くなったもののたまに試合を見に行くこともあったのだ。普通の学校生活でも、小学生の頃に比べたら話す機会は少なくなったものの、私と俊の関係にそう変化はなかったように思う。ただひとつ変わったことがあるとしたら、呼び名が「」から「」に変わったことくらいだろうか。だがそんなことは私にはどうでもよかった。下手に距離を取られるよりマシであったし、これくらいは普通だろうとどこか納得している自分もいたのだった。かく言う私も、「俊」ではなく「伊月くん」と、他の男子と変わらないような呼びかたをしていたのだから。 だがそんな幼馴染という関係も、もう意味をなさないに違いない。中学3年になる少し前、俊から言われた一言が、私と俊の幼馴染というこれまでの関係をまったく違うものへとしてしまった。『もうバスケを見にこないでほしい』。そう告げた俊の顔を、今でも私は忘れられない。なんでだとか、どうしてだとか、言いたいことはたくさんあったはずなのに私は何も言えなかった。私の知らない俊が、そこにはいたのだ。 私はバスケをしている俊が大好きであったし、きっと俊もそんな私の気持ちを知っていたと思う。けれどそれを知った上でそう告げたということを考えると、私はもう、これからどうやって俊に接すればいいのか分からなくなってしまったのだ。幼稚園からずっと一緒で、俊のことは何でも知っているとまではいかないが少なくとも誰よりも彼のことを理解しているつもりであった。けれどこの一言が、たった一言が、私と俊の間に大きなヒビを入れてしまったように、その日からずっと私と俊はぎこちないままなのである。 (…もう、2年ちょっとか) 幼馴染という関係は、なんと脆いものであったのか。あの日から2年経った今、それを痛いほど感じていた。高校に入ってからは中学までの幼馴染という関係が嘘のように消えてしまい、話をしたことなどほんの数回しかないだろう。あんなに大好きだったバスケをしている俊の姿も、同じ高校にいるというのになかなか見れない貴重なものへとなってしまっていた。所詮幼馴染とはそんなものなのだと、最近ではそう思いつつもある。 けれどやはり俊のバスケをしている姿が好きだということには変わりはないのだと、つい昨日見かけた俊の姿を思った。中学の頃よりすごくフォームが綺麗になっていた。遠目から見ただけなのでよくは分からなかったけれど、きっと体力も頭脳も、ポイントガードとして申し分ないほどの実力に違いない。これもリコのおかげなのだろうな、と思いながら束ねたプリントの隅をホッチキスでパチンと留めた。よし、今日の分の仕事はこれで終わりだ。出来あがったプリントの山を隅によけると、作業机の上に出してあった物を片づけて生徒会室の奥のほうにいた会長に声を掛けた。 「終わりました、これ職員室持ってってそのまま帰ります」 「了解、ご苦労さま」 「お疲れさまです」 スクールバックを肩にかけてプリントの山を抱え込み、隣の校舎にある職員室へと向かう。ふと聞こえてくる運動部の掛け声や吹奏楽部の音色に耳を傾けつつ、今も部活をしているであろう幼馴染のことを思った。今日も頑張っているんだろうなぁ、最近リコもなんだか楽しそうだし、順調なんだろうな。ぼうっとそんなことを思いながら歩いていると、向かい側から見知った顔が走ってくるのが見えて思わず「あ、」と声を漏らした。その声で私だと気付いたらしい目前の人物、日向くんは、少しぎょっとしたような顔をして、一旦私の前で足を止める。 「どうしたの?慌ててるみたいだけど」 「あー…」 「…」 「ま、いーか。、時間あるか?」 「…このプリント職員室に持っていったら、そのあとは何も」 「そか。じゃ、伊月見ててくれねぇ?保健室にいるから」 「え?!」 「別に怪我とかじゃねぇから。じゃ、頼んだ!」 日向くんはそう言い残してまた廊下を走って行ってしまった。方角的に、さっきは保健室の帰りで今から第三体育館に戻って練習を再開するのだろうが、俊を見ててくれって一体どういうことなのか。というか日向くんは私や俊と同じ中学出身であり、私と俊のこの曖昧な関係を知っているだろうに、なぜそのようなことを。もんもんといろいろ考えることはあるものの、とりあえずこのまま廊下に突っ立っていてはどうしようもない。とりあえずこのプリントを職員室に持っていって、考えるのはそれからだと、慌てて職員室への廊下を急いだ。 |