(…情けないな…)

ディフェンスの練習でミスしてあろうことか鼻血を出すなんてどうかしてる。今はもう止まったものの、念のためにと10分間の安静を日向から言いつけられたため体育館に戻ることもできない。確かに雑念がなかったわけではないが、それでも部活中はバスケのことに集中していたつもりだったのに、このざまだ。ふう、と溜息をついて机に突っ伏した。まだ火照っている身体には冷たい机が気持ちいい。

そのときふとドアの開く音がして、そしてしばらくしてから閉じる音が聞こえた。先程保健室まで俺に付き合ってくれた日向かと思ったのだが、それにしては何も言ってこないのがおかしい。誰だ、保健の先生はもう帰宅済みだと思ったのだが、などと考えながら頭を持ち上げるとそこにいたのは思いもしない人物であった。

…?!」

そこにいたのは幼馴染のであった。スクールバックを持っているところを見ると今から帰るところなのかもしれないが、それにしてもなぜ彼女がここ、保健室にいるのか意味が分からない。どこか怪我をしているようにも見えないし、保健室に入って入口付近でぽつんと立っている様子からも手当をしなければならない状況ではないようだ。だが、それなら尚更、なぜここに。このままの状況でいくと俺の様子を見に来たというのが一番しっくりくるのだが、それにしてもが自ら進んで俺の様子を見に来るなどありえないだろう。そもそもその仮説でいくとすれば、なぜ今俺が保健室にいると知っているのか。謎が謎を生むばかりで頭の中が混乱していた。それくらい、がここにいるということが衝撃的であった。

はそんな俺の混乱を感じとったのか、視線を俺の足下に向けながら日向くんが、とぽつりと告げる。

「見ててくれてないかって、廊下ですれ違った時に、言われて…」
「あ、あぁ…なるほど」

あの日向め、いらんことを。そう思いながらもこうやってと2人きりで話すキッカケを作ってくれたことに関しては日向に感謝せざるを得なかった。思い返せば、こうやってと話すのは一体いつぶりだろうか。それを思い出すのが困難なくらい久しぶりのことであった。そう思うと幼馴染であるというのにに対して緊張感がわいてくるのだから、そんな自分に苦笑を漏らしてしまう。まったく情けないものだ。

『もうバスケを見にこないでほしい』。そう告げた、2年前の自分は浅はかだったのだと今なら分かる。決して俺も練習に手を抜いていたわけではないし、当時の自分なりに精一杯本気でバスケに取り組んでいた。だが、それでも届かないというものはある。自分のチームには日向がおり、彼は中学の時から相当の腕を持っていたと思っているが、それを支える自分の力が圧倒的に足りていなかったのだ。要は、俺のかっこ悪いところをに見せたくなかったのである。今思うとなんてばかばかしい理由で大切な幼馴染を遠ざけてしまったのかと笑ってしまいそうになるが、これが当時の俺の精一杯だったのだ。見せたくない、見られたくないのなら、いっそ突き放した方がいい。そっちのほうが楽なのだと。けれどそれは正しかったのか。それは、今の俺との関係を見たら一目瞭然だ。

中学2年の冬、俺がを突き放した時から俺たちは何も変わっていない。ぎこちなさも不器用さもそのままなのだ。ついに変わるときがきたのだろうかと、つい先日カントクと話したときのことを思い出す。そう簡単じゃ、ないんだよ。けれどこのままではいけないということは嫌というほど理解していた。


「う、うん」

名前を呼ぶと、は少し表情を強張らせながらも顔をあげた。口をへの字に曲げているのを見て、それがの困っているときの幼いころからの癖だと知っている俺は、変わってないなと不覚にも小さく笑みを漏らしてしまう。幼馴染というものはとてつもなく薄っぺらくて脆いものなのだと痛感したこの2年間。まるで他人のように接してきた2年間。原因を作ったのは俺の方であり、はただ俺に振り回されていただけだったのに。

「ずっと、ごめんな、

あぁ、やっと言えた。2年前のあの日から、この一言、たった一言が俺はずっと言いたかったのだと、このとき分かったような気がした。