「だーかーら!1時間でいいって言ってるじゃんか!」
「その1時間が長すぎるって言ってんだよ!」
「長くもなんともないでしょうが!」
「30分!」
「はぁ?!私をばかにしてんの?!」

体育館の端でぎゃーぎゃーと言い合っている声は嫌でも聞こえてきてしまうため、盗み聞きをしようと思っていなくても内容は丸聞こえだった。俺はどうしたものかと手の中でバスケットボールを弄びながら、とりあえず監督が今体育館に居なくてよかったと心底ほっとする。もし居たら2人の話し合いに決着はつくであろうが、あの監督のことだ、事態が良い方向に傾くとは考えられない。それにしても、あの2人の声が気になって仕方ないため部員たちの集中がたるんでしまっていることに当事者でありキャプテンでもある笠松は気付いていないのだろうか。そんなことを思いながらそろそろ仲裁に入ってやるかと呆れたように2人に視線を向けると、ちょうど黄瀬が「あのー、森山先輩」と遠慮気味に声をかけてくる。

「なんだ?」
「笠松先輩と言い争ってるひと、あれ、誰っスか?あの笠松先輩が普通に女子と話してるとこ、初めて見たんスけど」
「あー…」

なんと説明をしようかと言葉を濁したが、丁度いい表現が見当たらなかったため、黄瀬には申し訳ないと思いつつ苦笑を向けた。確かに笠松が女子と普通に話しているところなど俺も一度も見たことがない。ただ、それはを除いての話だ。 あの2人は家が近く、小学校の頃からの腐れ縁だと聞いている。幼馴染かと尋ねたこともあるが、そう言えるほど古くからの付き合いがあるわけではないらしい。だが、あの女子が苦手だという笠松がある程度普通に話せる唯一の女子なのだ、そう浅い付き合いでもないはずだと俺は勝手に思っている。まぁある程度というだけで、しばしば苦手意識を抱いたような接し方もするのだと、いつだったかに聞いたこともあるのだが。

再び笠松とに視線を戻すと、相変わらず2人はぎゃーぎゃーと言い争いを続けていた。「45分!これ以上は譲れないから!」「だから30分だって言ってるだろうが!」という白熱としている声が聞こえて、やれやれと溜息を吐く。お互い、好きなことになると見境を失くすのがあの2人の悪い癖だ。体育館で練習していた後輩たちもそろそろあの言い争いに飽きてきたのか、俺になんとかしてくださいといったように視線を向けてくる。

「演劇部の部長だよ」
「えっ?」
「あの、笠松と言い争ってるの。たぶんステージの交渉だろ…どっちかがさっさと折れればいいものを」

未だ傍にいた黄瀬に、先程の問いに答えるように返してやる。ぽかんとしている黄瀬を残して2人に近づくと、ぎゃーぎゃー言い争っている声がより大きく聞こえて耳をふさぎたくなった。損な役回りだ。


***


「はいはいストップ、落ちつけよ2人とも」
「もっ…りやま!」
「…」

バスケットボールを片手に持った森山が割って入るや否や、笠松は急に口を閉ざした。私も上がっていた熱が急に冷めるのを感じ、それと同時にバスケットボール部のみなさんになんて迷惑なことをしていたのかと縮こまる。そんな私と笠松の反省を感じとったのか、森山はひとつ溜息を零すと、私についと2本指を立ててピースのような形で右手を差し出した。

「2日間、30分ずつ。これ以上はこっちも譲れない」
「…45分」
「無理だ」
「……分かったよ、それで呑む」

もうあと一歩の譲歩を試みるものの、森山の真剣な瞳からこれ以上無理だと悟った。私も分かっていないわけではないのだ、今がバスケ部にとってとても大事な時期だということも、笠松や森山がそれほど真剣にバスケに取り組んでいるということも。けれどその熱情は、私が演劇部に向けるものと同じなのだ。文化部だからとナメてもらってはこちらが困る。そしてそれをも森山は分かっているのだろう、少々ぶすくれた顔をしながら了承の意を告げると森山は苦笑を漏らしながら「ありがとうな、」と告げた。この体育館の主導はバスケ部が握っているのだ、短時間でも貸してくれることをありがたいと思わなくてはいけないと分かってはいるのだが。私は相変わらずぶすくれた顔のまま、ちらと笠松を見遣った。

「ったく、笠松、お前もキャプテンって自覚あるならさっさと話つけろよ」
「…うるせえ」

少なからず彼も反省しているのだろう、森山への返事にいつものような覇気はなかった。苛立ちはこもっていたが。私は笠松と言い争っている間に手のひらで握りしめて少々皺が寄ってしまった台本と日程表へ視線を下ろし、ふう、と息を吐いて気持ちを落ち着ける。

「じゃあ、そういうことで。日程調整はメールします」
「あぁ、もお疲れさん」
「森山も。部活がんばって」

とりあえず部に戻って、稽古中であろう副部長と日程を確認せねば。そう思いさっさとこの場を立ち去ろうとするものの、相変わらず苛立ちのこもった笠松の「、」と私を呼ぶ声が聞こえて立ち止まる。その苛立ちを含んだ声に眉を寄せながら振り返ると、笠松が森山にはたかれているところだった。なんなんだ。笠松はいったん呼吸を置いて自身を落ちつかせ、そして視線を下にずらしたまま私に「何時だ」とだけ告げる。伊達に笠松と長い付き合いをしているわけではないのだ、それが帰りの時刻のことだと分かった私は手に持っていた日程表へと視線を移した。

「…八時」
「分かった」
「…じゃあ」
「あぁ」

特に話したわけではないが、待っててくれるのだろうな、と思いながら今度こそ体育館から去った。確信はない、勘だ。

笠松は相変わらず女子が苦手なようで、それは私とて例外ではない。そりゃあもちろん他の女子よりは彼と喋っているという自信があるものの、長い付き合いにしては言葉は少ないし、たくさん話したかと思えば先程のように口論になっていることがほどんどだ。だが私はそんな笠松が嫌いではないし、先程のような誰にも気付かれないような優しさをくれるのも、また笠松だった。だから私はこの腐れ縁という関係が案外嫌いではないのだと、台本を手で丸めながら、部活帰りのことを思った。



転がった思惑




130213(とりあえず書いてみた笠松先輩。うーん、海常のキャラがわからん…)