そっと手を伸ばすと、まるで男性のものとは思えないほど綺麗な肌に触れる。若さ所以という理由もそろそろ振りかざしにくい年齢になってきたはずだ、これは彼の生まれもった性質と若きころの努力の賜物であった。綺麗なひと。美しいひと。――見た目はね、とくすりと笑みを零すと、彼は私が不意に笑ったことが気に入らなかったのか眉を寄せた。あぁ、外見だけはかっこいいから、そういう顔はずるいね。どんな色の表情を浮かべても、彼に似合わないというものはないというのに。私にはそれが彼の確信犯なのか、それとも彼自身が天然なのかは分からなかった。

たまに来るおかしなお客様。外見はガチャガチャしているけれど、言葉は少なくてまるで私なんて必要がないように振る舞う不思議なひとだった。自分で晩酌をして、気が向いたら私の琵琶をかっさらって掻き鳴らし、気が済んだら勝手に帰っていく。初めて彼と出会った日――別のお客様の予約をすっぽかされて暇だった私が相手をしたのだが、まるで私などいらないとでもいうように気ままに振る舞われた挙げ句、夜がようやく更けたという男が帰るには早過ぎる時間帯に「帰ります」とそのまま帰ろうとした彼にはむしろこちらが困惑した。お金の問題というよりも、まだこんな時間帯なのに帰られてたまるかという妓女としての自尊心が彼を引き留めていた。はたしてあのときの行動が正しかったのか過ちだったのか、私は今でも分からない。ただひとつ言えることは、あの時の行動があったからこそ、私は今も彼と同じ部屋にいれるということだった。

つ、と指先で頬をなぞる。彼の細やかな肌に危機感を感じつつ、他の男性では味わえないこの感触を楽しんでいる自分がいるのは事実だった。ぺたぺたと触っていると、おやめなさい、という呆れたような制止の声が聞こえる。私はそれでも手を休めなかったが、二度目の制止の声はなかった。彼は諦めが早いというか、甘やかし上手というか、なんというか。けれどためしに肌じゃなくて髪を触ったら腕を取られて離されたので、どうやらただ甘いだけではないらしい。特に髪には。

「玉さま、今日はちっとも飲んでいませんよ?」
「いくら飲んでも酔えないなら、今日は意味がありません」
「…“今日は”?」

手を掴まれたままおうむ返しをすると、彼は痛いところを突かれたとでもいうように顔を歪めた。私はそれににこりと笑みを浮かべる。私はこの瞬間が好きだった。困ってるような苛立っているようなこの顔は、彼をより一層魅力的にさせるのだということを私は知っている。

私はだんまりになってしまった彼の滑らかな頬に指を這わせた。私は彼の頬を触るのが好きなのかもしれない、とふと思う。綺麗で美しい肌、その裏に潜むものは、はたして。

「ねえ、玉さま」
「なんですか」
「秘密の共有って、すごく甘美な響きですよね」

まるで子供同士が内緒話をするように。紅を引いた唇でそっと囁くと、彼はつと口端を持ち上げた。秘密の共有。取り交わしたことなどないけれど、なぜかそれが合図なのだと感じ取ったのは私だけではないはずだ。

「どうしてでしょう?」
「さぁ…貴女はどう思うんです?」
「ふふ。…秘密をするには、新しい嘘がつきものだからです。嘘と秘密は紙一重。“優しい”と“残酷”は意外と近い場所にあるのですよ、玉さま」
「…では、貴女が選ぶのは“嘘”ですか?“秘密”ですか?」
「…それは、玉さま次第です」

そう告げたところで彼は急に私を床に押し倒した。座っていた状態から後ろに倒されただけなので背中に大した痛みはないものの、手首を締める強さには少々眉を寄せる。けれど彼の表情を見てそんなことはどうでもよくなった。今まで生きてきた中で最も性悪である知り合いにも張れるくらい、歪んだ悦びに満ちた笑み。ねぇ、貴方、知っていました?妓女は馬鹿には務まらないんですよ。そう心の中で囁き、笑みを零しながら彼の言葉を反芻させた。

「ついに腹を割る気になりましたか?葵御史大夫のもうひとつの隠し玉、
「欧陽玉工部侍郎、貴方こそ」

甘美どころか色気すら皆無な幕開け。今夜はまだ始まったばかりだった。




Secret rhapsody





121002(続くかも、しれない)