ちぃちゃん、と聞き慣れた声で呼ばれて振り返るとそこには須釜さんがいて、なんだとうと思った瞬間頭にばさりとタオルをかぶせられた。わふ、という奇声を漏らしながらされるがままになっていると、須釜さんはそのままわしゃわしゃとタオルの上から私の髪の毛をかき混ぜる。あぁそういえばお風呂あがりだというのに頭にタオルを巻いてくるのを忘れていた、と今更ながらそんなことを思い出した。 「まだ濡れてるのに、歩き回らないでくださいよ〜」 「……ごめんなさい」 「誕生日に風邪をひくなんてこと、したくないでしょう?」 多少戸惑いながら須釜さんのその言葉にこくりと頷くと、しょうがないですねぇと呆れたような声が聞こえる。そして待っててくださいね、と私に言い残して須釜さんは洗面所のほうへと消えていった。ドライヤーを取りに行ったのだろうかと思いながら、先ほど須釜さんがしていたのと同じようにわしゃわしゃと髪の毛の水分を飛ばしつつリビングへと向かう。いつもなら脱衣所でちゃんと水分をあらかた拭き取ってから出てくるのだが、そんな日常的なことさえ忘れてしまうほど、いまの自分は浮かれているのだと思い知って少し恥ずかしく思った。 今日は私の誕生日ということで、友人からプレゼントやおめでとうの言葉をたくさんもらったり、家に戻ってきてからも須釜さんからプレゼントをもらったりささやかだけれども豪華な夕食を取ったりもした。たくさんの人からプレゼントをもらって祝われるのはすごく嬉しかったし、いつも以上に気を遣ってくれる須釜さんにはどきまぎしながらも楽しい時間を過ごせたと思う。去年と同じようでいて、しかし確実に異なる今年の誕生日は文句の言いようがないほどしあわせな一日だった。 だからこそ、浮かれていたせいで風邪をひいてしまったなんてことになったらしあわせな一日が台無しだ。しかしそれ以前に、これから先誕生日を迎える度にこのことを思い出して、恥ずかしい思いをすることになるほうがいやだと思う。そこまで考えたところで須釜さんがドライヤーを手に戻ってきたので私はそれを受け取ろうと手を伸ばしたが、須釜さんはドライヤーを持ったまま私をソファーへと誘導した。 「乾かしてくれるんですか?」 「今日は特別ですから」 私の問いかけにそう答えながら、須釜さんはドライヤーのコードの先のプラグをコンセントへと差し込んだ。そして私の頭にかぶせられたままの湿ったタオルを取ると、ドライヤーの電源を入れる。途端に温風が首をかすめ、ぶるりと一瞬震えた。あたたかい風がなんだか少しこそばゆく感じる。 「あとちょっとだけですね〜」 「え?なぁにー?」 「ちぃちゃんの誕生日、あとちょっとで終わっちゃいますよ〜」 「……うん」 ドライヤーの騒がしい音にかき消されそうになりつつも、距離は近かったので須釜さんの声を拾うことは出来た。あとちょっと。その声に急かされるように時計を見やると、その針は11時50分を指している。私の誕生日もあと10分で終わってしまうのだと思うと、なんだかやりそびれたことがあるような気がしてならなかった。 「誕生日にやり残したこととか、ありませんか?」 「ちぃもいまそれを考えてた」 「以心伝心ですね〜。……それで、あるんですか?あと10分しかありませんよ〜」 「えっと、まって……」 須釜さんに髪を乾かされながら今日一日を振り返るが、やり残したものはなかなか見つからなかった。今日という日はとても充実していたし、それにこれ以上を望むと欲張りすぎてばちがあたってしまいそう。そう思い、ないです、と呟くとドライヤーの騒音で聞こえなかったのか、須釜さんが「え?」と私の顔を覗き込むようにして聞き返してきた。突如視界に現れた須釜さんを見て、あ、と心の中で声を漏らす。ひとつ、やり残したことが。 「……、」 「ちぃちゃん?」 「……いっこだけ、ありました」 口を閉ざしたまま開かない私を不審に思ったのか、須釜さんはドライヤーを切った。ちょうど私の髪も乾いたようで須釜さんのほうを振り返るとその動きに合わせてさらさらと髪が揺れる。須釜さんと視線を合わせるとなんですかとでもいうように少し首を傾げられ、その可愛い仕草に胸の奥がきゅんと疼いた。少しだけ告げるのを躊躇うが、思いのほかするりと言葉が口から滑り落ちるように出てくる。そんなことでいいんですか、と笑われるだろうか。いやきっとそうだ。 「いっぱい、ぎゅってしてください」 そして須釜さんはやはり私の予想通りの言葉を呟いて、私を引き寄せた。いとしい彼の腕の中で誕生日を終えられるなんてなんて素敵だろうかと、そう思う私はもう末期なのかもしれない。 ジギタリスは永遠に 110606(ちぃちゃんお誕生日おめでとうございます!これからも須釜さんとおしあわせに!そして須釜さんとちぃちゃんが偽者でほんと申しわけないですジャンピング土下座ァァ!!ちなみにタイトルのジギタリスは6月6日の誕生花で、意味は「熱愛」らしいです。まさにスガちぃ!) |