だから飲みに来たくなかったのだ、とふて腐れたように思う。目の前の光景に心がもやもやして、すっかり汗をかいてしまっている缶ビールの中身を一気に飲み干した。 「えへ、理一さん、手ぇ冷たいですねぇ」 「ほら、俺は心があったかいから」 「うそだぁ〜」 へらへら笑いながら理一の手にほお擦りするを見つめながら、そろそろ自分の限界を感じていた。大体、理一も理一だ。は俺の彼女であると知っていながら、そんなを止めようとするどころかむしろこの状況を楽しんでいる。普段なら考えられないそんな理一の行動は少なからず彼にもアルコールが回っている証拠なのだが、アルコールが回っているのは俺も同じなわけで。俺の苛立ちの沸点がいつもより低くなっていることに理一が気付いていないはずがないというのに、未だこの状況が続いているという現実に彼の下心が見える気がした。小さく舌打ちをして新しい缶ビールのプルタブを鳴らす。相変わらずふにゃふにゃとしたの声が心地好くて、それと同時に苛立ちが募った。あぁ、そんな声、理一に聞かすなよ。 3人の中では中間地点に家があるからと、初めて理一の家での宅飲みに誘われたのは昨日の昼間。夏にとある理由から長野の本家で居候していたは、一緒にOZの混乱を鎮め、数日間共に生活をした後に、東京に戻ってから晴れて恋人同士になった仲だった。俺、、そして理一の3人は都内に在住しているということもあり、事あるごとに食事に行ったり飲みに行ったりしている。理一には空気を読めと言いたいところだが、理一がいないとが大変残念がるので彼をそう邪険にもできないのが現状だ。まぁ、3人で食べたり飲んだりするのも悪くはないと思っているので、そこのところは正直どうでもいい。問題は、今日は理一の家で宅飲みをしており、なぜかが理一に甘えているということだった。 なぜだ。彼氏という存在が目前にいながら他の男にべたべたするとは、どういうことだ。最初はの甘えも可愛いものだったし、理一も素面だったので困ったように対応をしていたのでまだ許せた。の彼氏は俺であり、最終的には俺に擦り寄ってくるだろうという絶対的な自信があったのである。だが、この状況はどうだ。ビールをごくりと飲み込みながら、彼氏をほっぽって他の男にべたべたする彼女と、そんな彼女を甘やかしている天敵を見つめた。おいおかしいだろ、この状況。 「あ、つまみ切れた」 「ほんとですねぇ。理一さん買ってきてくださいよ〜」 「うーん、がついて来てくれるなら」 「いいですよぉ」 「おいっ、くそ、いい加減にしろ理一!」 よっこらせ、と立ち上がる理一につられて立ち上がろうとするの腕を引き寄せた。バランスを崩してそのまま俺の胸に倒れ込んでくるを抱き留めながら理一を睨みつける。理一は読めない笑みを浮かべながら、つまらないなぁと呟いた。 「つまらなくねぇ!」 「はいはい。俺の家だから声落としてくれよ、侘助」 「さっさとつまみ買いに行け…!」 「しょうがないな。…、侘助がうるさいからお留守番でいい?」 「えぇ〜…」 「つまみ好きなの買ってきてあげるから。何がいいかな」 「クラッカーとトマト」 「…トマトか。コンビニじゃなくてスーパー行かないといけないな」 そろそろコンビニにもトマトくらい置いてほしいものだよね、と理一は理不尽なことをぶつぶつ言いながら脱ぎ捨ててあった薄い上着に手を通した。その間にも俺の腕の中から脱出しようともがくを抑え込みながら、俺はそばに落ちていた理一のバイクのキーを理一に向かって投げる。流石は自衛隊員、反射神経はいいのだろう、理一は急に投げられたキーを難なく捕えると俺とを振りかえった。早く行けと目で促すと、理一は今度はにやりと気味の悪い笑みを浮かべる。 「…なんだ」 「いや、微笑ましいなぁと思って」 「っ、早く行け酔いどれ!」 「どっちが」 くすくす笑いながら部屋を出ていく理一の足取りはしっかりしており、彼はそこまで酔っていないようだった。先程のとのやりとりを思い出して、軽く舌打ちをする。彼が本気ではないと分かってはいる、分かってはいるのだが、やはり悔しいのだ。 理一が部屋を出ていったことで抵抗を諦めたのか、途端にもがくことをやめたはぼうっと理一が消えたドアを見つめていた。頬が赤く、とろりと潤んだ瞳は彼女が完全に酔っ払いへと化していることを物語っている。未だにドアを見つめているその名残惜しそうな表情にむっときて、ぐに、と頬を痛くない程度につねってやるとはだるそうに俺を振りかえった。 「なんですかぁ」 「…仕返しだ」 「なんの?」 「理一とベタつきやがって」 「ふふ」 「なに笑ってやがる」 にたり、と笑みを浮かべたは片腕ずつ俺の首に回し上目遣いで俺の瞳をのぞきこんだ。上気する赤い頬やグロスが取れかかっている妖艶な唇が狙っているようにしか見えなくて、残っていた距離を俺が縮める。唇を合わせると、予想していた通り、きつい酒の匂いとアルコールの味がした。けれどそれさえ今は俺を誘う材料にしか感じられない。 「…お前、飲みすぎ」 「まだまだですよぅ」 「だめ。お前理一に絡むから、なおさらだめ」 「えぇー、だって、侘助さんがいるんですもん」 「…はぁ?」 ついに酔っ払いの境地に達したのだろうか、の言葉の意味が分からなくなって呆れたように聞き返す。するとは先程と同じにたりとした笑みを浮かべ、一瞬首に回されている腕の力が強くなったかと思うと、ちゅっと俺に触れるだけのバードキスを落とした。 「侘助さんは、いつも私を、取り返してくれる、から」 そう告げては嬉しそうに微笑んだ。そこで俺は気付いた。そしてそれと同時にしてやられた、とも思った。自覚していたようでそうではない、無意識下にあった自分の欲望に。 彼女という水面の底で張られた罠に自ら引っ掛かりに行ったのは、愛ゆえか、それとも。 ![]() 121201(連れ去るに提出させていただきました。なぜか真冬に夏戦争にはまるという…) |