フレン・シーフォ、と最後に自分の名前を記してから走らせていたペンを止めた。窓の外を見ると手紙を書きはじめたころは暁だった空の色が白みはじめている。思っていたよりもなかなかペンが進まず時間がかかってしまった、と思いながら椅子から立ち上がって窓辺へと向かった。

窓を開け放ち少し身を乗り出してあたりを見渡すと、よく懐いている赤茶色の鳥を見つけて餌でおびき寄せる。その鳥が餌を食べて大人しくなっている隙に鳥の足に手紙をくくりつけると、途端にその鳥はすいと翼を羽ばたかせた。慌ててその鳥に手紙の届け先の住所を告げると、その鳥は一度だけ旋回して下町のほう、つまり僕が告げた住所のほうへと飛んでいく。賢い鳥だと今までのその鳥の行動から知っていたので不安はなかった。きっとのところに届けてくれるだろう、と小さく息を吐いてから窓を閉める。ある寒い冬の日のことだった。




ふゆもえ




近頃急に寒くなってきたからか、先週あたりから薬屋のほうは繁盛していた。特によく売れるのは風邪薬で、風邪を引いている人が多いのだろう毎日飛ぶように売れてゆく。客の数は例年に比べてやや多く、念のために風邪薬の在庫の量を増やしておくかと入荷のメモ紙にチェックを入れた。下町の人々のためにも品切れという状態は避けたいところである。

その時カラン、とドアについている小さなベルの音が聞こえて顔を上げた。風邪薬ですか、と営業スマイルを浮かべながら尋ねようとしたその声は最初の「か」の字さえも発音されないまま止まってしまう。目の前にいる人物は久しぶりに見る顔で、驚きのあまりその人物を呼ぶ声がなかなか出てこなかった。


「ふ、フレン?!」

「やあ」


驚いて呆然とする私とは裏腹にフレンは慣れた様子で店に入ってドアを閉めた。長居をする気なのかコートを脱ぎはじめるフレンにはっとして、慌ててカウンターをまわって彼の傍へと駆け寄る。恋人である私にもここしばらく音沙汰がなかったので騎士団での仕事が忙しいのだろうと勝手に思い込んでいたのだが、違っていたのだろうか。否、来てくれたことは嬉しいし疑うつもりなどさらさらないのだが、急だったことと久しぶりに見るフレンの姿に驚かざるを得ない。フレンはコートを近くの椅子の背もたれに掛ながら、未だにこの状況がよく分かっていない様子の私を見て苦笑を漏らした。


「僕からの手紙、届かなかったかい?今朝、赤茶色の鳥に託したんだけど」

「手紙、なら……届いた、けど」

「けど?」

「……湿気でぐちゃぐちゃになって、読めなかった。あれ、フレンからだったの?」


そう答えるとフレンはひきつった笑みを浮かべてしまったな、と小さく呟いたようだった。フレンも湿気でぐちゃぐちゃになることは考えてもいなかったらしく、珍しい彼の失態にそれほど急いでいたのだということが窺えてちょっぴり嬉しく思ったのは内緒である。

確かに今朝赤茶色の鳥から手紙が届いたのだが、紙が水分を含み過ぎて署名さえも解読できなかった。その赤茶色の鳥は今まで見たことがなかったので誰からの手紙なのかも分からず、気味が悪くなってきて早々に捨ててしまったのだ。そのことに後悔していると、フレンは再び苦笑を漏らしながら私の手をそっと取る。急なことに心臓が高鳴った。


「湿気のことなんて考えていなかったよ……。今日久しぶりにまとまった時間が取れるから、のところに行くって書いたつもりだったんだけどね。まぁ、大した内容じゃないから気にしないで」

「き、気にするわよ!あれがフレンからの手紙だったなんて……私、捨ててしまって」

「じゃあ、今度また手紙を書くよ。今度はちゃんと人に配達させてね」

「……ごめんなさい、フレン」

「だから気にしないでって。久しぶりに会えたんだから、そんな顔してないで……には笑っていてほしいな」


涼しい笑顔でそんな恥ずかしいことを告げられて、体温がかあっと上がったのが自分でも分かる。取られている手からそれが伝わりそうで、そっと視線を床へと向けた。きっとばれているだろうけどささやかな抵抗だ、ここ1か月ほど連絡がなかったフレンへの意地悪である。

堅物のフレンのことだ、きっと騎士団の仕事で忙しくて私と連絡を取る暇さえなかったのだろう。それは仕方のないことであるし逆にフレンが仕事をそっちのけで私に会いにこようとしたのならきっと私が彼に逆上していたに違いない。しかしそれでも、寂しくなかったなんて言うことはできなのだ。どうしようもないというのにもっとフレンに構ってほしいと、もっと一緒にいてほしいと思う自分が我儘でとても嫌だと思う。するとフレンはそんな私の様子に気付いたのか腰を折って私の顔を覗きこんできた。


「……ごめん、やっぱり怒ってる?最近連絡取ってなかったから」

「お、怒ってる……けど、……どうしようも、ないでしょ」

「うん、ごめんね。……我慢してくれていて、ありがとう」


途端にふわりと抱きしめられるが、恥ずかしさよりも嬉しさのほうが勝り私もフレンの肩口に額を埋めた。背中に回されたフレンの腕を感じて、その悦びに私はこれを求めていたのだと無意識に知る。おそるおそる、私もフレンの背中に腕をまわしてきゅっと力を込めた。久しぶりに触れるフレンの身体は男の人らしく成長していてまるで違う人のようだったが、彼の雰囲気や匂いは何も変わっていない。そのことに安心しつつ、ぐりぐりと額をフレンに押し付けた。


「っはは、なにをするんだい」

「……ごめんね。来てくれて、ありがとう。フレンも忙しいのに」

「それも気にしないの。僕がに会いたくて仕方なくて、来てるんだから」

「そ、そういうこと言う……!」


恥ずかしくて更に俯くと、ふと背中にまわされていたフレンの右手が私の髪をさらりと撫でた。その感触にいちいち鼓動を高鳴らせるが、これでは私がひとりでドキドキしていてずるいと思う。何度も私の髪を掬っては梳かすフレンの手を感じながら、この時間をとても心地良いと感じている自分に苦笑した。私は1人で暮らしているとはいえ、ユーリはしょっちゅう店に遊びに来るし下町のみんなもとてもよくしてくれるので孤独を感じることなんてない。それでもフレンは別格であった。フレンに会えること、たったそれだけで私がどれだけ救われているのか彼は知りなどしないだろうけれど。


「……綺麗な髪だね。少し切った?」

「ちょっと前に。あんまり長くても、邪魔だから」

「……勿体ないね、こんなに綺麗なのに」


フレンはそう静かに告げるや否や、急に私の髪を一房引き寄せてそこに唇を落とす。私はそのことに驚いてとっさにフレンから離れて顔を上げると、フレンも驚いたような表情をして頬を紅く染めていた。そんなフレンの表情を見て更に私がかあっと紅くなると、フレンは困ったように右手をぴくりと動かして嘆息する。


「……、ずるいよ」

「ず、ずるいのはフレンでしょう?!いきなりなにするの……っ!」

「があまりにも可愛かったから、つい」

「は、えぇっ?!」

「……だから、それ反則だって」

「な、むっ」


なにが、と告げようとしたが再び急に抱きしめられたことによってその言葉を言うことはできなかった。先程よりも強く抱きしめられ、急なことに慌てつつもやがて落ち着きを取り戻すと私もそっとフレンの背中に手を回す。フレンの温かさが嬉しかった。やはり私は彼が好きなのだと、心の内でひっそりと再確認する。そしてフレンの背に回した腕を少し強めた、その時。


「!風邪薬、が…………なにやってんのお前ら」

「ゆ、ユーリ!」


カランとドアについているベルが店中に鳴り響いたのを聞いて慌ててフレンから離れたが、その直後聞き慣れている呆れたようなユーリの声色で目撃されてしまったのだと知ることは容易であった。きっと私もフレンも更に顔が紅いに違いない。ユーリに私たちが恋人同士であることは伝えてあるものの、こうして実際に見られたのでは羞恥の思いが強く駆け回った。店に入ってきてドアを閉めたユーリは私とフレンの顔を見比べて大げさに溜息をつくと、再び呆れたように呟く。


「なに堂々とイチャイチャしてんだ……せめて見えないところでやれっての。なぁ、フレン」

「き、君が突然入ってくるのが悪いんだろ!」

「はぁ?ミーレの店に入るのに俺がいちいちノックなんてするわけねぇだろが。せめて次からはドアに閉店の札くらいかけとけ」

「あぁもうユーリ、用件はなにっ?!」


ユーリの言葉に耐えきれなくなってきて話題をぷつんと途切れさせると、ユーリは「あぁそうだ、」と真剣な表情をしてこちらを向いた。それを見て私も薬屋の店主という商売の表情に切り替える。急いでカウンターを回って奥の倉庫から風邪薬を一箱分持ってくると、私の予想通りユーリの目当てはそれだったらしく安堵したような笑みを浮かべた。


「最近風邪が流行ってるから在庫あるか心配だったんだが、問題はなかったみたいだな」

「そんなの御無用。さて、どなたの分?ユーリが風邪をひいているようには見えないけれど」

「隣の爺さんが風邪気味らしくてな。あそこにはまだ小せぇガキもいるから、俺がお使いを頼まれてやったってわけだ」

「それはお疲れさま。……はい、これ風邪薬」

「ん」

「朝夕1日2回分が2日分入ってる。食後20分以内に必ず飲むこと、それからもし明後日になっても治らなかったらまた薬をもらいに来るように伝えてね」


わーったよ、と明らかに適当なユーリの返事を聞いて彼から薬の代金をいただくと、すぐにユーリは踵を返して店のドアへと向かった。ユーリもフレンと会うのは久しぶりだろうからしばらく店に留まっているのかと思ったのだが、どうやらすぐに戻るらしい。ドアに手をかけたユーリの後姿に慌てて「お大事にって、宜しく言っておいて!」と伝言を託すとユーリは一度だけ振り返ってにやりと笑った。その意地悪い笑みに嫌な予感を覚えるのはなぜだろうか、などと私が思うよりも先にユーリは爆弾発言をぽろりと零す。


「じゃーな、フレン。続きをごゆっくり」

「なっ!ゆ、ユーリのバカッ!」


カラン、と音をたてて閉じたドアに向かって虚しく叫ぶがその声はユーリに届いたのだろうかそれとも届かなかっただろうか。店の中には更に赤面している私とフレンだけが残された。勿論、このあと気まずい空気がしばらく拭えなかったのは言うまでもない。






110107(3日くらいかかったー!フレン夢は探してもなかなか見つからなかったので彼のキャラが未だに掴めないです。恥ずかしいことサラっと言えるのにユーリに冷やかされると赤面するとかありなの…?と思った。かやちゃんからのリクが「恋人でイチャイチャラブラブ」だったのだけれどこれはイチャイチャラブラブできているのだろうか…。ヒロインがドライなのか可愛いのか私にももう分からない。← こんなのでよろしければもらってやってくださいー!ちなみに冬萌=芽生え、兆しという意味だそうです。)