2年3組に山崎烝という男子がいる。私が彼を見つけたのは高校に入学してからしばらく経った5月の半ばごろ。学校の購買で飴を買おうという突発的な思いつきを達成するために2階の渡り廊下を歩いているときだった。最近覚えた校内地図を頭に思い浮かべながら財布を片手にひとりでのろのろと廊下を進んでいたとき、前方から来る先輩たちの会話がたまたま耳に入ったのが全ての始まりである。とあるひとりの先輩の名前を聞いて顔をふと見た途端なんとも言えない感情に襲われ、そして同時に理解した。あぁ、彼が、“山崎烝”なのだと。その時のことをきっと私は一生忘れない。
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最近不思議な夢を見たり、初めて見るはずのある光景にふと親しみを感じたり懐かしさを覚えたりする。意味が分からないそれらに変だと思いながら当然だと思っている自分もどこかにいた。いつ頃からだろう。自覚し始めたのは5月の初めのあたりだろうか。それから1ヶ月過ぎた今、自覚し始めた頃より明確にそれらを感じ取っているのは明らかだった。
理由など分からない。しかし、たまにふと脳内を掠める誰かの面影があった。残像のように朧げではっきりと見ることはできないものの、確かな懐かしさを感じる“誰か”。
(あれは……誰だ?)
ここ数日考えているが答えが出ることはなく、本日何度目か分からない溜息をついた。考えても無駄だと分かってはいるのだが、どうも気になってしまい気づけばそのことを思案している自分がいる。通常の勉強に加えて生徒会の会計も担っているのだからそんなことを考えるよりもするべきことはたくさんあるというのに、と最近の自分に再び溜息をついた。もうそろそろ生徒会では夏休み明けに予定されている学校祭の計画も始めなければいけないのだが如何せん思うように進まない。生徒会メンバーに配られている学校祭の予定表を確認しながら最悪来週には暫定的な予算を出さなくてはいけないな、と椅子から立ち上がった。
「……ルーズリーフ切れたんで購買行ってきます」
「あっ山崎、ついでにレポート用紙頼む」
「山崎、俺も赤ペン切れた」
「俺もルーズリーフ。B5のB軸のやつな」
「……はいはい」
上手いこと使いっぱにされてしまったがついでだしまぁいいか、と思いながら1000円札を一枚だけポケットに入れると携帯を片手に生徒会室を出た。土曜日の夕方だからか学校全体がざわざわしているわけではないが、部活動の騒がしい声が聞こえる。携帯で時間を確認すると4時6分。一応土日の生徒会活動は5時までとなっているのであと1時間か、と携帯をポケットに滑り込ませると凝りかけている肩を解すように回した。この時期は机仕事ばかりで疲れる。だからといって学校中を走り回るのもごめんだが。
そんなことを考えながら廊下を進んでいたが、ふと後ろを振り返る。なにか違和感があるような気がしたのだがそれかなんなのか掴めず、気のせいかと再び廊下を進もうとしたとき。
(……あ。生徒会倉庫……)
過去の資料など主に書類が詰め込まれている生徒会専用倉庫に明かりがついてた。そして心の中で首を傾げる。先程生徒会室を出たときに欠けているメンバーはいなかった。顧問の先生は俺達の活動には滅多に干渉してこない。他の先生も同じくだ。ここの倉庫の鍵は生徒会室と第一職員室にしか置いてないはずで、先程出てきた生徒会室に倉庫の鍵が掛けてあったかどうかは覚えていない。どちらにせよいま倉庫に明かりがついているのはおかしいことであった。誰かが電気を消し忘れたならいいものの、もし人がいるならばそれは部外者の可能性が高い。
静かに倉庫に近付くと確かな人の気配を感じた。一応自分も生徒会の一員である、やましいことなどありはしないが無断で倉庫を漁られたら困るに決まっている。そのままドアノブに手を掛けてくるりとひねった。ガチャリと軽い音が静かな廊下に響く。
「誰だ?」
「うはっ?!……う、わ」
倉庫を見るとひとりの女子生徒が書類を片手に立っていた。明らかに生徒会のメンバーではなく、校章の隣のピンの色で1年だと知ることができる。まだ入学して間もない1年が生徒会倉庫を漁っていることにも驚いたが、それよりも俺は彼女自身に息を呑んだ。
彼女を見た瞬間、いつも朧げに脳内を掠めていた人物だと無意識に理解する。ぼやけていた像がみるみるうちにはっきりと見えてきて、その途端にめぐるましい速さで様々な場面が脳裏を横切っていった。それは過去の映像。“前世の記憶”だと、本能が告げるのを感じる。いつもの自分ならばそんなものなどすぐに頭から追い払うだろうが、このときの俺はすんなりとそれを信じていた。前世。その言葉に対してなにも違和感を抱かないのがその証拠だ。
まるで走馬灯のごとく脳裏を過ぎる場面の端々に少年のような格好をした彼女を確認したのと同時に、やまざき、と目の前で彼女の口が声を出さずに動いた。それで核心を得る。俺は彼女を知っている、いや、知っていた。彼女は、そう、まさに。
「……、……、」
こころがせつなく疼いた。絞り出すようにの名前を告げると、彼女ははっと驚いた表情を見せる。ばらばらと手に持っていた資料が手から滑り落ちた。そしてぐっと何かをこらえるように顔を歪めてから、泣きそうに微笑む。
「……やっと思い出したんだ?……“山崎くん”」
過去の時代に、と俺が輪廻の果てに再び廻り合うことがもし決まっていたのならば。今この時代に会えることが偶然ではなく運命なのだとしたら。この世界の理を統べる神の掌で踊らされている自分が虚しくて、馬鹿らしくて、感激した。神様はなんて残酷で優しいのだろう。
「……ひどいね、こんなに待たせるなんて」
「あぁ。……ごめん、ありがとう。……また、会えたな」
しょうがないな、と泣きそうになりながらも呆れたように微笑むを見て、俺も泣きそうになりながらもふっと笑みを零した。
そして強がる彼女の身体に手を伸ばす。何年、いや何百年待ったと思ってるんだ。
もうこうとなったらとことん掌の上で踊ってやる、と無意味に意気込みながら柔らかいの身体を抱きしめる。
好きだよ、と告げるとは嗚咽を漏らしながらうん、とだけ呟いた。
100918(ほんとはこの後にもだらだらとあったんですが消しちゃったらなんか終わり方がううーん…的な?(分かんないよね) SSLではない現パロの出会い。この後のだらだらとした感じの中途半端な補足説明やネタが詰め込んであるオマケ)
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