家の鍵開けといてください、というメールが着たのに気付いたのは二十分ほど前。勉強に疲れてベットに寝転がっていた時だったので面倒臭いと思い、そのときは動かなかったのだが、数分後トイレに立ち上がったついでにのろのろと玄関まで向かった。もういっそこの際合鍵でも渡してしまえば楽だと思うのだが、残念ながらスペアキーは去年から行方不明のままである。鍵を開錠するガチャンという大きな音を確認してからのろのろと部屋に戻り、そろそろ勉強を再開しようかとベットに放っておいた携帯をサイレントモードに設定しなおした。先程のメールの相手が来るまでの辛抱だと自分に言い聞かせ、重い瞼を無理矢理開かせて眠気覚ましの目薬を垂らす。カチ、とシャーペンの芯を少しだけ出すとそれを指で回しながら数学の参考書を開いた。


***


玄関のドアが閉まるガチャリという音が聞こえて目を覚ました。勉強しながら寝てしまっていたのかと時計を見ると、時刻は十一時を指している。勉強を再開した時には十時を過ぎていたから、三十分ほど寝てしまっていたのかもしれない。そう思いながらベットに放っておいた携帯を片手にリビングに向かった。どうやら鍵を閉めてくれたようでガチャンという聞き慣れた施錠の音がする。私とレインが部屋に入ってきたのはほぼ同時らしく、向こうは眠たそうな私の顔を見て苦笑を漏らした。

君、寝てたんですかー?」
「うん、いつの間にか机で」
「通りでいくらメールや電話をしても出ないわけですねー」
「えっ…あ、ほんとだ。サイレントにしてたから気付かなかった」

レインに言われて携帯を開くとそこには複数の着信とメールの形跡があった。それらをチェックしているとレインは手に提げていたコンビニの袋をそのまま冷蔵庫に突っ込み、「急に押しかけてすみませんねー」と全く悪びれていない様子で告げる。そしてそのまま冷やしてあった水のペットボトルを断りもなく取り出して口をつけた。今更そのようなことで怒りなどしないものの、それ、私の飲みかけなんですけど。

私とレインの関係が始まったのは今から数ヶ月前、当時本屋でバイトをしていた私にレインが声をかけてきたのがきっかけである。あの時の私は彼の奇抜な髪の色に目をとられすぎて会話の内容を全く覚えていないのだが、どうやら私は俗に言うナンパというものをされていたようだ。だが私が彼の誘いに全く乗らないどころか髪ばかり見ているのがレインは気まずかったらしく、その時は早々と諦めたらしい。そして後日、電車の中で彼と再会した時に少し話をしたら楽しくて、アドレス交換をして度々会ったりした後にお付き合いを始めて今に至る。だがそもそもどうして特に可愛いわけでもお洒落なわけでもない私にナンパをしたのか、これは付き合い始めた後から聞いたのだが、私の携帯についていたウサギのマスコットが気になったかららしい。なんともレインらしいといえばらしいきっかけなのだが、私自身ではなく携帯のマスコットに興味があったことを聞いたその日には少し落ち込んだ。少しだけ。

君、お風呂わいてます?」
「私のお湯でいいなら」
「全然いいですよー」

お腹すいてるなら何か軽く作るけど。お風呂場へと向かうレインの後姿にそう声をかけたけれど返事は「No,thank you.」だった。断られたことで手持ち無沙汰になってしまい、しかし勉強しようとはいう気にはなれず、とりあえず携帯を開くがやはりやることは何もない。仕方ないもうしばらく勉強するかと思ったところで、はっと思い出してあわてて脱衣所へと駆け込んだ。もちろんそこにはもうレインの姿はなく、すりガラスの向こうでシャワーの音とともに明るい髪色と肌色がチラチラ見えている。

「レイン!ごめん、シャンプーとボディーソープの中身、逆だから!」
「…君、これ僕に対する嫌がらせですかー?」
「い、言い忘れてただけ!」
「ですよねー、おかしいなと思ったんですよ、シャンプーで髪の毛がこんなパッサパサになるわけありませんからねー」
「わーごめん!リンスはリンスのままだから!」
「それが当たり前ですよー」

この間同時にシャンプーとボディーソープが切れたときに詰め替える容器を間違ってしまったのだった、最後にレインが私の家のシャワーを使ったのはそれ以前だから伝えなくてはいけないということをすっかり忘れていた。このままだと何を言われたりされたりするのか分かったものではないのでそれだけ告げるとさっさとリビングに戻り、せめてもの償いにとドライヤーのプラグをコンセントに挿すところまでセッティングしておく。ごめんレイン、悪気があったわけじゃないんだ。だって私も今でも間違うことあるし。

数分後、案の定レインは頬を膨らませながら脱衣所から出てきた。僕の自慢の髪をどうしてくれるんですー、と言いながらわしゃわしゃとタオルを掻き回しているが嫌がらせなのだろう、飛ばしている髪の水分が私のほうまで飛んでくる。全く、私よりいくつも年上だというのに大人気ない人である。

「ごめんって」
「顔、笑ってますけどー?」
「いいじゃん、もう。ほら、髪乾かしてあげるから座って」
「ほんとですかー?」
「サービス。宿泊代も取ってないのにサービスとか…つくづく私って心広いよねー」
「あなた、恋人に宿泊代取る気ですか」
「冗談だって」

私がドライヤーを手にしてソファーに腰掛けると、レインは床に直接座り込んだ。別に身長差がそんなにあるわけではないのでソファーに座ってくれてもよかったんだけど、と思うけれど口には出さない。スイッチを入れると温風が溢れ、強のスイッチを押してレインの頭をわしゃわしゃと掻き回した。

君、明日学校は?」
「午前だけあるよ。第三土曜だし」
「じゃあ朝食は僕ですねー」
「レインは?明日はなんかある?」
「んー、いや特に…いようと思えばずっと家にいれますけどー?」
「あ、ごめん私午後はバイトだった」
「……」
「夕方には帰ってくるけど晩御飯いるよね?」
「…はぁ、欲しいですー」
「…なんでため息なわけ?」
君、あなた僕と恋人同士ですよねー?」
「違うの?私はレイン好きだけど」
「僕も好きですからね?!」



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