私がマクゴナガル先生の部屋に入ると、先生は卒業アルバムを見ていたようで慌ててそれを閉じたのが見えた。目頭がほんのりと赤い。今年の卒業生はまさにやっかい者ばかりだったけれど、彼女からしてみれば可愛い教え子に変わりは無いのだろう。先生は仕草で私にソファーを勧めるが、先生は机の椅子から動く気はないようで身動きひとつしなかった。それは私にとっても嬉しいことだったので遠慮なくソファーにゆったりと腰掛ける。視線をまっすぐ向けると窓から夜空が見えた。


「……よかったのですか?」


そっと伺うように先生は聞いてきた。何の事を言われているのは言われなくても分かる。私は囁くように、けれどしっかりとした声で「いいんです」と返事をした。


「これからシリウスは社会に出て、いろんな人と出会って、いつしか恋をするでしょう。そのときに、私のことで躊躇してほしくはないんです。ゴーストである私とのことは、彼の恋愛にとってプラスにはなりません」

「そうとは言い切れないと、私は思いますよ」

「……そうですね。これは言いがかりかもしれません。……結局、私の独りよがりな我が儘です。私自身が彼のことをずるずると引きずってしまうのが、嫌だったんです。でも、シリウスも私のことを引きずってほしくなかった」

「だからと言って……記憶を消すのはあまりにも、」

「……わかっています。彼にものすごく酷いことをしたという自覚はあります。けれど、いいんです。……これで、よかったんです」


そう呟くと、ソファーから立ち上がってくるりと後ろを振り向く。ゴーストの私が泣けない代わりにか、そこには静に涙を零している先生がいた。先生にも悪いことをしてしまったと思う。私とシリウスのことは先生しか知らないからこそ、彼女には多大な心配をかけてしまったことだろう。


ぎゅ、と拳を握る。そこにはまだ、昼間に杖を握った感触が確かに残っていた。記憶喪失呪文。シリウスの中から、私に関する記憶を全て消し去った。一度消した記憶はもう二度と彼の元へは戻らない。それでいいと思った。彼が思い出すことのないように、消してしまう必要があったのだと。

これからのシリウスに、私との記憶はいらない。邪魔になってしまう。それは彼と出会い、付き合いを始めた当初から分かりきっていたことだった。けれど私はその考えをずるずると引きずり、結局最後まで自分を甘やかしてここまで来てしまった。仕方なかったのだと、自分に言い聞かせる。幸せなときを知ってしまったから、それを手放すことはできなかったのだ。


まただ、と思う。私は何度も何度も同じ過ちばかり繰り返し、同じ罪を積み重ねてゆく。いけないと分かっていても幸せなときを手放すことが出来ず、いつも最後には最愛の人から私の記憶を消すという馬鹿なことを続けて。傷つくのは自分だと身をもって感じているはずなのに、好きな人に愛される時間がいとしくてたまらなくて。


「……きっと私はまた、同じことを繰り返すわ。それでも愛される幸せを、一緒にいられる喜びを知ってしまったからには、そうするしかないの。私は弱くて、自分に甘い……馬鹿なゴーストなのよ」


自嘲的な笑みを漏らす。本当に私は馬鹿だ。けれどそれを分かっていてもなお、やめられないほどの強い思いがそこにはあった。




ほんとはね、シリウス。あなたは知らないだろうけど、前世のあなたも私に全く同じことを言ったわ。私は今まであなたの前世の人たちと、同じことを繰り返してきたのよ。何度も生まれ変わって、何度も私に恋をすると、何度も何度もあなたは私に告げた。そしてあなたはその約束を破らないから、私はこうやってホグワーツから離れられずに、永遠にあなたを待っているの。

この果てしない輪廻の中で、いつか、あなたと私ががずっと一緒にいられるその日まで。


(110723...あとがき)