![]() カツカツと2人分の足音が響く廊下で、ぼそぼそと小さな話し声がこだましていた。御史台に続く廊下なため人通りが少なく、たとえ小さな声でも大分大きく響いてしまう。さしたる大事な会話でもないのだが、そのこだまする感覚があまり好きではないな、と思った。 「先週お前に任せた調査は」 「なかなか最後の人物まで辿り着けなくて。最優先に回しますか?」 「いや、いい。俺が引き継ぐ。…別に、お前が役立たずだからじゃない」 思っていたことを言い当てられたことが恥ずかしくて、顔を俯かせた。分かっている、自分の不手際ではない。私よりも格段に権力が大きい清雅さんがやるほうが速く検挙まで辿り着けるだろうし、もともといつかは彼に引き継がれる案件だった。けれど彼の裏行として言わせてもらえるなら、もう少し調査が進んでから引き継ぎたかった案件でもあったのだ。この案件は下調べが複雑で面倒だったので私が先に一通り洗っていたのだが、結局、裏行としては不徹底なまま。権力もツテもない割にちょっと頑張ってた調査だったのにな、とこっそりと肩を落とす。 「室に戻ったら俺の机に資料置いとけ。2刻後に牢獄の巡礼に出る。それまでに雑務と急ぎの仕事は片付けろ」 「はい。これから清雅さんは?」 「長官に報告。そのあと資料庫寄って戻る」 「分かりました。では、お先に」 清雅さんの室へと続く廊下まで来たので、小さく頭を下げてから右に曲がる。このまままっすぐ行くと長官の室なので、清雅さんはそのまま廊下を進んでいった。少し歩くと清雅さんの室に辿り着き、腕に抱えていた書簡を自分に割り当てられている机にどさりとおろす。自分の机の隅に積み上げている書類の束から先程言われた案件の資料を引き抜き、それを清雅さんの机の上に置いた。 「えーと、急ぎの仕事…は、特にない。雑務は、山ほど」 やることをあれこれ考え、2刻後までの算段を頭の中で整える。その間にも散らばった書類をまとめ、資料を分かりやすいように順番を並び替えた。紙と墨の補充、仮眠室の敷布の取り替えなどなどそのまま雑務をこなしていると、やがてカタンという扉の開閉の音と共に清雅さんが戻ってくる。そして清雅さんは帰ってきて早々、私の机に書簡をひとつ置いた。 「お前に仕事追加。さっきの案件の分の空きをこの調査に回せ」 「はい。期限は?」 「来週末。それまでに出来るだけ多くの情報を集めろ。あとは読めば分かる。…おい、そろそろ出るぞ」 「行けます」 先に室を出た清雅さんに続いて室を出る。そのまま軒乗り場まで向かう彼の後ろを追いながら、私は気合いを入れるために自分の頬をパチンと叩いた。 121231 back 氷菓から劇薬 next |