、お昼またコンビニパン?」
「お弁当作る時間が惜しくて」
「いや、それは分かってるんだけどさ…今まではテスト期間でもちゃんとお弁当だったから、意外だなって」

あー、と言葉を濁して結局うやむやに返事をしておいた。いつもテスト前にはレインが連日様子を見に来てくれて、家事やらお弁当作りやらをやってくれていたのだが、今回は仕事の都合で全く来ていない。テスト勉強と家事を平行して行うのはとても難儀で、これまで自分がどれだけレインに甘えていたのかほとほと理解できた。いつもは学校から帰った後は勉強に集中していればいいものの、今回は掃除に洗濯、炊事にとそうもいかない。正直なところ、思うように勉強が進んでいないのが現実だった。レインがいないだけでこのざまだ、もっとひとりでしっかりせねばと友人にばれぬように小さく息を吐く。

あの微妙な別れ方をして今日で丸一週間だ。数日前にちゃんとご飯は食べろだとか夜更かしのしすぎはよくないだとか心配色を帯びているメールが来たものの、やはり一週間前に宣言した通りレインが私の家に来ることはない。今回のようにテストと被ることはなかったけれど、今までこういうことは何度かあった。仕事の大詰だから職場に泊り込むと言って、短ければ一週間、長ければ半月以上顔を見なかったときもある。今度はあと何日かかるのだろうか、そう溜息をつくと目前できんぴらごぼうを咀嚼していた友人がちらと視線を向けてきた。

「…何?」
、最近なんか溜息多いよ」
「うそ」
「ほんと。勉強疲れ?それともテスト前だっていうのになにか他に気にかかることでもあんの?」
「…気にかかること、ねえ」
「あるんだ?」

んー、と小さく唸るような声を出しながらパンの最後の一口をペットボトルのお茶で飲み下した。ないわけではない、と思う。けれど友人にレインとのことを話すのは憚られ、なにより私と彼の関係を暴露するところから始まるのはいささか面倒であった。

結局のところ私はレインがいなくて寂しいのだ。会えなくて寂しい、喋れなくて寂しい、顔を見れなくて寂しい。挙げたらキリがないほどレインが今傍にいないことに孤独を感じていた。学校に来たら友人がいるけれど、それはレインの代わりにはならない。それを確信している自分が情けなくて、かっこ悪くて。レインへの愛しさばかりが募っていく。テスト前の不安感と相俟って気分が落ち込むこの時期に、狙ったのかのように消えた隣の体温が懐かしくてたまらなかった。ただの惚気だ。こんなこと友人に言えるわけがない。

結局なにもないよと言葉を返せば友人はその裏に含むものに気づいたのか、「ま、話したくなった時にも話してよ」とその話題を打ち切ってくれる。なにかあると気付いていながらも深く詮索されないのはありがたかった。今はテスト前で心理的にもごたごたしている時期だ、これ以上自分の精神を疲れさせたくないのが本音である。

「あー、テストが迫ってくる…」
「そうだね」
「秀才さんは余裕?」
「まさか。奨学生降ろされないか毎回ヒヤヒヤだよ」
「…リアルね、

溜息をつくように落とされた友人の言葉に思わず笑みを零した。


***


ヴヴヴ、と携帯のバイブの音がして半分飛びかけていた意識をなんとか現実に引き戻した。しまった寝てしまっていたみたいだと寝ぼけている頭で携帯を引き寄せるとそのランプは着信を示している。ちらりと時計を見ると深夜十二時前、こんな時間に誰だと思いながら着信元を確認もせずに応答ボタンを押した。

「もしもし…」
『あ、君?…もしかして、寝てました?』
「…レイン?」
『あぁ、はい、僕ですよー。すみません、まだテスト日程終えてないからてっきり起きて勉強しているものかとー…』
「勉強してたけど、机で、寝てた…むしろ起きれたありがとう」
『え、そうですか?ならよかったんですけどー』

通話の相手はレインで、久々に聞く声に未だ半分寝ぼけている頭で対応する。こうやって彼の声を聞くのは何日ぶりだろうか。十日ぶり、いや、下手すれば半月ぶりかもしれない。私は携帯を頬と肩で挟みながら船を漕ぐ前まで広げていたノートや教科書を片付け始めた。もう寝よう、こんな眠気と戦いながら勉強しても頭になんて入りっこない。どうせ明日は最終日だ、もうなるようになれと適当に机の上を片付けるとすぐ傍のベッドへと倒れるようにダイブした。

『明日でテスト最終ですよねー?』
「うん」
『僕、遅くても明後日までには解放されそうなので、あともう少し待っててくださいー』
「…うん」
『眠いんですかー?』
「…かなり。ごめん、寝るから切る」
『はいはーい。勉強お疲れ様でした、おやすみなさいー』
「おやすみ…」

目を閉じたまま感覚だけで通話終了のボタンを押すと、それを手探りで充電器に繋げて布団を被った。すでに朦朧とし始めた意識の中、先ほどの会話を思い出して暗闇の中で小さく笑みを浮かべる。遅くとも明後日には、レインに会える。そう思うと明日の試験も頑張ろうと思えるのだから人間って不思議だ。連日勉強詰めの徹夜続き、そんな中聞こえたレインの間の抜けたような声は確かに私を安心させていたのだ。



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