da capo


「、ただいま戻りました。お時間くださってありがとうございました」
「あぁ。で、なにがあったんや?」
「あ、あの、…アパートから追い出されました」
「そらたいへ……やあらへん、家から追い出されたやって?!」

なにしたんや、そうあやしい視線を私に向けながら告げる所長に事情を説明した。どうやら急にあのアパートの取り壊しが決定したらしく、だが私は近頃家に帰っていなかったため、その情報を受け取るのが撤退完了の前日になってしまったのである。決して私の不届きで追い出されたわけじゃないということを遠回しに主張すると、所長は額を押さえて息を吐いた。

「…。最近家に帰っとらんて言ったな、自分。なんでや」
「え、あ…えーと」
「なんでや」
「え…へへ、家に帰る時間が勿体なくて…その、出張所に寝泊まり…を…ですね、」

やばい怒られるぞ、と冷や汗を流しながらぼそぼそと正直に告げると、所長は怒るを通り越したのか呆れて物も言えないようだった。溜息を零した後、気付かんかったわ、という声が聞こえる。当たり前だ、私が気付かれないように工夫して動いていたのだからと思いながら、私は後ろで手を組んで床へと視線を落とした。

「もう過ぎたことはしゃあない、怒らんさかいしょげた顔すんなや」
「し、しょげた顔なんて、してませんよ…」
「しとるわアホ。…、今日からどないすんねや?」
「ええと、どうしましょうか…。と、とりあえず、数日はホテルにでも泊まることになりそうです」
「うち来いや」
「……う、うち?」

おん、と答えた所長に本当ですかと嫌疑の視線を向ける。うちって、うちって、志摩家ってことですよね。

数日とはいえ、安いホテルに泊まったとしても宿泊代は馬鹿にならない。新しい住居も探さなくてはならないし、そこでの新生活を考えると今からできるだけ節約しておきたいと思うのは当然だろう。所長の家、すなわち志摩家にお邪魔になるのは金銭的に考えたらものすごく助かる提案だった。ただ、ものすごく申し訳ない。

数日とはいえ、お世話になるのだから食費はもちろん、電気代やガス代水道代、と経済的なことを考えれば志摩家への負担は少なくないだろう。その分のお金を支払うといってもきっと所長は聞いてくれないに違いない。

「あの、すごく嬉しいんですけど…申し訳、ないです」
「んなこと関係あらへん。…そこまで仕事詰め込まれとった自分に気付かんかった、謝罪の気持ちや」

なんてかっこいいんだ所長。惚れてしまうぞ。そんなことを思いながら、ううんと小さく唸った。ここはひとつ、お言葉に甘えるべきなのだろうか。

「…では、ひとつだけ、お願いしてもいいですか?」
「なんや」
「こ、今月の給料、減らしてください」
「………………おん、って言わんとうち来んやろ」
「…まぁ」
「しゃあないなぁ」

がしがしと頭を掻くその姿は、数年前に正十字学園でよく見た金造にそっくりだった。親子なんだなぁと思う。そしてそこではた、と気付いた。そうか、志摩家ということは金造も柔造さんもいるということだ。

「…わぁ」
「なんや?」
「あ、いえ、なんでもないです」

とりあえず家に連絡入れんとなぁとぼやく所長を尻目に、私は今更ながら、とんでもない場所にお世話になろうとしているのではないかとこれからの数日を思った。



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