da capo


「ただいまぁ」
「おじゃまします…」

志摩家に着くと、とりあえず段ボールは車に乗せたままで志摩家の玄関をくぐった。柔造さんは車の鍵を靴箱の上に置きながら、ひとまず上がりぃと私を促す。明陀の制服に足をもつれさせながらブーツを脱いでいると、背後から「遅かったなぁ、なんかあったんか柔兄?」という呑気な声が聞こえた。

「いや、コイツの荷物手伝っとってん」
「コイツ?ん?…?!」
「…こんばんは、金造」
「えっ何荷物…一緒に帰っ……えっ、柔兄とって付き合うとるん?!」
「何でそうなるんやアホ」

祓魔塾時代の同期である金造は私が志摩家にお世話になることを聞いてなかったのか、なんともダイナミックなリアクションをしてくれた。お互いよく知りもしない私と柔造さんが付き合ってるなんて、そんな馬鹿な。柔造さんにおもいっきりはたかれた頭をさすりながら、金造は私と柔造さんが一緒に帰ってきた理由を問い詰めていた。

「、アパート追い出されたんやて。暫くうちに泊まるらしいわ」
「な、何したんお前?!」
「あ、アパート取り壊しになるみたい。それで、しばらく所長のお言葉に甘えることにしたの」
「お父が?!」
「あー、金造続きは後にしぃ。、飯食おうや」
「は、はい」

しっしと追い払うように金造を押しやると、柔造さんは廊下の先へと進んでいった。私は金造にまた後で、と声をかけてからその後を小走りでついていく。金造は暫くぽかんと立ち止っていたようだたが、やがて私の後ろからもう一人分の足音が着いてくるのが聞こえた。

「お母、ただいま。飯あるか?」
「あるある。さんもおるんやろ?2人分準備できとるで」
「頼むわ。あぁ、挨拶しぃ。これうちのお母」

ほれ、と金造に背中を押されてたたらを踏みながら数歩前に出る。頭を下げて簡単に挨拶をすると、娘がもう一人増えたみたいで嬉しいわぁと歓迎の言葉を告げられた。てきぱきと食事の準備を進めながら会話を続ける彼女に、所長は頭が上がらないらしいという噂を聞いたことがある。いい嫁さん掴まえましたね、所長。少し羨ましいです。

勧められた椅子に腰をおろして手を合わせる。いただきます、と唱えてからお箸を手に取ると、ええ子やねぇと奥さんに褒められた。そんなことないですよ、と少し照れながら返す。

「なんや、ちゃんめちゃかいらしぃ子やないの。あ、ちゃんって呼んでもええ?」
「は、はい」
「好き嫌いとかある?あと、うちほとんどが和食やけど大丈夫?」
「あ、それは、全然。好き嫌いもないです、なんでも食べれます」

よかったわぁ、最近は好き嫌い多い子が普通やからなぁ。そう呟く奥さんに、柔造さんは騒がしゅうて堪忍な、と苦笑と共に私に告げた。

「いえ、こういう…家族みたいな食事、久しぶりなので、嬉しいです」
「あぁ、ずっと一人暮らしやもんなぁ」
「そうなんか?」

曖昧な笑みと共に頷くと、柔造さんはそれ以上は聞いてこなかった。

食事が終わると、柔造さんは台所と居間、お風呂場やトイレなど生活していくのに必要な場所を案内してくれた。最後に私が使う客間、そして柔造さんと金造の部屋を教えてもらってから段ボールを客間へと運ぶ。最後のひとつを運び終えてから、柔造さんは「なんかあってもなくても、気軽に頼ってくれてええんやえ」と私の頭を撫でて自室へと戻って行った。

荷物の整頓をしていると足音が聞こえて、誰かと思えば廊下にいたのは奥さんだった。どうやら私が一人になるのを待っていたらしく、ちょっとええやろか、と一言断ってから客間へと入ってくる。

「ちゃんも大変やなぁ、最近東京から来なはったばっかなんやろ?」
「い、いえ…こんな風にお世話になって、申し訳ない気持ちでいっぱいです」
「ふふ、うちは誰も気にしとらんさかい、もっと気楽にしてええんやえ?柔造も金造も、まんざらでもなさそうやったしなぁ」
「はぁ」

私には分からなかったが、やはり彼女は柔造さんや金造の母親なのだ、彼らの些細な表情の変化さえ読み取っていたに違いない。親子というものを目の当たりにして、いいなぁと漠然と思った。

「さっきは男共おって言えんかったけど、洗濯とか、自分でやったほうがええよな。女の子やし。洗濯機とか…あぁ、あとお風呂場も。好きなときに自由に使うてもろてええからね」
「あ、はい」
「ほんじゃ、しばらくよろしくなぁ、ちゃん」

お風呂、もうすぐで沸くから先に入りぃ。そう笑顔で告げられた言葉に頷き、奥さんを見送る。やはり、いいなぁと思った。家族というものはこういうものなのかと、その温かさに触れた気がする。けれどなぜか少しだけ、さみしかった。



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