俺とが出会ったのは、高校一年の春だった。
「あのー…志摩くん、ですか?」
「え?…おん、志摩やけど」
「ちょっといいかな」
祓魔塾に出席するようになって3日目のことだった。学校が終わった後に祓魔塾という新しい生活は思っていたよりも厳しく、慣れるには時間がまだまだ必要らしい。学校が終わった後すぐに祓魔塾の教室に来て、学校やら祓魔塾やらの課題をこなしながら塾が始まるのを待っていると、トンと机を叩かれ、視線を上げるとそこには女子の姿があった。
名前は知らないが、一昨日も昨日も祓魔塾で見かけたので此処に通っているということは知っている。彼女のことはその程度の認識だった。俺には京都から一緒に来た友人が祓魔塾にいるものの、彼女はいつも一人で祓魔塾に居たためまともに声すら聞いたことがない。先程初めて聞いた声は可愛らしい、というよりも凜としていて透き通るようだと思った。
俺がシャーペンを持ったまま動きを止めていると、目の前の彼女はスッと一枚の半分に折られたメモを渡してきた。「何なん?」と尋ねるものの、彼女から返ってくるのは微苦笑のみ。首を傾げながら受け取りメモを開いてみると、そこに並んでいたのは複数のアルファベットと記号だった。携帯のアドレスか、と思う。
「こんアドレス、君のなん?」
「いや、普通科の知り合いのなんだけど…志摩くんと塾が一緒だって言ったら、渡してくれって頼まれて、」
上手くごまかしとくし、迷惑だったら返してくれていいんですよ。そう言って返品を待つ手を彼女は差し出した。正直、アドレスのメモを受け取って嬉しいかと聞かれればそうでもない。見たこともない相手とメールをやり取りするというのは、やはり少し困るものだった。今までこのような経験がなかったわけではないので、メモを彼女に返したいのが本音である。けれど。
「…なぁ、名前は?」
「え?あぁ。この子は、」
「ちゃうちゃう、君の」
「…私?」
「おん、」
「……」
「か。俺は志摩柔造や、よろしゅうな」
「あ、うん」
「ほんだら、」
とりあえず、アドレス教えてもらってもええ?携帯を取り出しながら告げたその言葉に、我ながらナンパのようだと思って微笑を漏らす。彼女は驚いた表情のまま「は?」と声を漏らして固まっていた。
***
アドレスくれた子よりお前さんのほうが興味あるねん、そう告げた途端顔を赤くしたあの頃のはまだ随分と可愛らしかった。その後赤面したままのとアドレスを交換したのはいい思い出だ、と昔を懐かしむ。今では到底不可能なの初々しい反応に、時が過ぎたのを感じた。
「なにニヤニヤしてんの志摩、気持ち悪いよ」
「気持ち悪い?!彼氏に向かって言う台詞とちゃうやろ!」
「たとえ彼氏でも気持ち悪いものは気持ち悪い。…で、変態志摩は何考えてたの?」
「変態は余計や!…お前と初めて会うた時のこと、思い返してん」
「…あぁ。今思えば、あれってただの軟派だよね」
「……あの可愛らしかったはどこいったんや」
可愛くなくてすみませんね、とは淡々と告げながら俺の前に湯呑みを置いた。湯気の上がるそれを手に取ると同時に、も俺の正面の椅子に座る。湯呑みから伝わるじんわりとした熱さに指先が震えた。
の入れたお茶はいつも煎れたてで熱々だが、はもう少し温めのお茶のほうが好きだと本当は知っている。それでも熱々のお茶を出してくれるのは、俺がそちらのお茶のほうが好きだからだ。こういうひそかな気遣いに気付かないほど、俺は落ちた男ではない。妙なところで可愛らしい彼女にこっそり苦笑を漏らしながら、熱々のお茶に小さく息を吹き掛けた。
「今のお前でも十分かわええって。拗ねんなや」
「拗ねてないですー」
「ほら、飴ちゃんやるさかい」
「…志摩、私のこと馬鹿にしてる?」
「いらんの?」
「……、…いる」
ポケットから取り出した飴をひらひらと見せ付けると、は唇を尖らせながら手を伸ばしてくる。その反応が予想通りすぎて、可愛くて、くつくつと喉の奥で笑みを漏らしながら飴をの手に握らせた。そして少し腰を浮かせ、ぐいとの二の腕を引く。前方に傾いだを支えながら、唇をやや強引に合わせた。
「…ふ…、う、う」
「…は…なんやねん、」
まるで抗議をしているような呻き声に唇を離すと、体制つらい、と溜まった唾を飲み込みながらは答えた。嫌がられたのではないとこっそり安堵し、そんなことを思っていた自身に苦笑を漏らす。どうやら彼女に嫌がられるのが、自分は大層怖いらしい。
の正面に回ると、先程の余韻でまだ濡れているの唇に自分のそれを合わせた。濡れた音に混じる艶やかな漏れ声に自身が興奮するのを感じながら、無我夢中での唇を貪る。どんどん深くなる口づけを交わしながら舌を差し込むと、は一瞬ふるりと揺れたけれどそれに応えてくれた。ぴりりと甘く痺れる舌先に酔いしれそうだ。
「は、やっぱり、撤回」
「…な、にが?」
「今のが、一番かわえぇ」
「……どーも、」
「あと、エロいし。めっちゃそそられる」
「……ばか、それは志摩だよ」
「え?」
「なんでもない」
即座にから再び唇を塞がれる。照れ隠しだと分かってはいるもののやはりそれが嬉しくて、珍しい刺激に頭がくらくらした。
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