
「なぁ、せっかくのゴールデンウィーク最終日やし、早めに切り上げてちょっと息抜きせぇへん?あ、もしよかったらやけど」
「えっ!…あ、うん、いいよ」
じゃあとりあえず3時まで勉強しよう、ということを図書館の入り口で決めてから館内に入り、俺はまたしても心の中でガッツポーズをした。よう言った俺。断られた時のショックを味わうのが怖くて、言いだすかどうかギリギリまで悩んだ甲斐があったものだ。そしてそこから3時間、この数日ですっかり定位置になってしまった場所でノートや参考書を広げるのだが、どうにもそのあとの“息抜き”のことが気になりすぎて集中が出来なかった。最初は俺も意識してなかったし、きっとさんも意識してないだろうが、これって俗に言うデートだということに俺は気づいてしまったのだ。
公園でアイス、はいつものことだしそう長時間持たない。遊園地は、あまりさんの好みではなさそうだ。なら映画?水族館?さんの行きたいところってどこやろ、などとばれないようにチラチラと隣にいる彼女を覗うものの、やはり3時までに答えが出ることはなく。3時を少し過ぎたころ、どちらともなく片づけを初めてお互いに図書館を出た。さて、問題はここからなのだ。
「さん、行きたいとことか、ある?」
「志摩くんは?」
「映画とか、水族館とか、…ごめん、そんくらいしか思いつかんかった」
「…じゃあ私、映画行きたい。ちょうど見たいやつ、あったんだ。いい?」
「おん。ほな、映画いこか」
「あ、…なんでも見れる?」
「別に映画に好き嫌いはあらへんけど」
「よかった、観たい映画ホラーアクション系なんだ!」
「えっ」
好き嫌いはないと言ってしまったものの、あまりホラー系は得意ではない。というか、まさかさんがホラー系の映画が好きだとは思わなかったのだ。ホラーアクション系ってなんやねんと思いつつ、いつになく嬉しそうなさんを前に今更ストップなどできるはずもなかった。まぁいいだろう、さんがこんなにも見たかったらしい映画ならば面白いに違いない。
が、俺の認識が甘かった。ホラーアクション系だと言っていたからアクション中心なのかと思ったらガッツリホラーだった。さすがに映画館内で叫んだりはしなかったものの、時折ビクッと肩が跳ねる度に、どうかさんには気づかれていませんようにと願った。せっかくの男の威厳が台無しである。随分長い映画だったのだが、見おわった後のさんはたいそう嬉しそうに、あそこのシーンがよかっただのあのキャラクターがもう少し頑張っていればなどと感想を述べていたので心底ほっとした。どうやら映画という選択肢は成功だったらしい。
「もうちょっとホラーっぽくてもよかったのにね。期待通り、って感じだったから、もう少し上をいってほしかったなぁ」
「えっ?!お、俺あれ以上は無理やわぁ…」
「志摩くん、めっちゃビクッてなってたもんね」
「ばっ、…ばれとったんかい」
「うん、バッチリ」
台無しだ。女よりホラーにビビる男ってどうよ、と自分を情けなく思いながらいつもの分かれ道を目指しながら歩いた。もうすでに6時半を回っており、帰る時間はそういつもと変わりない。むしろいつもより遅くなってしまったので家まで送ろうかと提案したのだが、あっさりと断られてしまった。別にさんの恋人でもなんでもない俺はそれ以上言うことができず、ずこずこと引き下がるしかなかったのである。なんとも情けない。
「志摩くん、明日から学校なんでしょ?」
「おん、また学校と塾の往復やわ…」
「じゃあ、明日からは塾でしか会えないね」
「さんは、また家の手伝い?」
「うん。忙しくなるね、お互い」
「…そやなぁ」
そこでいつもの分かれ道に到達してしまい、俺とさんが分かれる時が来た。さんは「今日はありがとう、すごく楽しかった」といつもでは考えられないくらいの饒舌と笑顔でそう告げ、くるりと踵を返す。「ほな、」と俺も手を振った時、ふと、「明日からは塾でしか会えないね」と先ほどさんが告げた言葉が頭の中にリピートされた。塾でしか。一日24時間のうち、たった数時間しか会えなくなる。それはこの数日、ゴールデンウィーク中に半日会っていたのと比べると、随分寂しいように思えた。塾で会う時よりたくさんの時間を共有して、一緒に勉強して、お喋りして、アイスも食べた。
そこで彼女のいろんなことを知り、今日だって新たにホラー映画好きという意外な一面も知った。きっと塾内の誰よりも俺がさんのことを知っていて、そして、これからももっとさんのことを知りたいと強く思う。気づけば、俺に背中を向けたさんの片腕を掴んでいた。
「…志摩くん?」
「あの、さん、」
「え?」
驚いた様子で振り返ったさんは、きょとんとした目で俺を見つめていた。そのまっすぐな瞳に、俺は恋をしたのだ。濁りがなく、頑張り屋で、何事にも一生懸命なひと。俺が好きになったひと。
「…好きや」
「え?」
「この数日、一緒におって、いろんなこと知って…もっと知りたいって、思ったんや」
「え?え、あの?」
「前から好きやった」
「…あ、はい」
「…好きや」
「う、うん」
「…返事、聞いてええ?」
「あ、どうぞ」
「好きや」
「私も好き」
「えっ?!」
あっけなく返って来た答えに驚いていると、さんは少し恥ずかしがりながら、けれどはっきりと再び「私も好きだよ、志摩くん」と告げた。
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