「おい、萩瑜。こいつおん、」
「おおっとそれを言うなら実力を見てから言え!」
「却下。いらねぇ」
「返品不可!とりあえず使ってみてくれって。頼むよ」

大人しく聞いていればなんだ、すき放題に人を物みたいに言って。そう思いながら再び陸清雅という男を見上げた。容姿端麗、頭脳明晰。泣く子も黙る御史台長官の秘蔵っ子。彼と同期らしい萩瑜さんの話では更に女嫌い、薄情者、義理堅い男という謎の三拍子があるらしい。陸清雅は有名なので話にはよく聞いていたが、実際に会ったのは初めてだ。一体どんな男かと思っていたが意外と普通の青年というのが第一印象である。まぁあくまでも仕事が絡んでいない状況下での話だが。

そこでふと陸清雅に視線を向けられ、自然と見つめ合う形になる。いや、見つめ合うというよりむしろ私が検分されているような気分だ。陸清雅の髪と同じ色素の薄い瞳は、透き通ってはいなかったけれど濁っているわけでもなかった。そのひん曲がったような輝きは、嫌いじゃない。萩瑜さんと同期ということは御史になって数年は経っているはずだが、なるほど官吏殺しの名前を持っているだけあるな、と思いながら相変わらず陸清雅と見つめ合っていた。ここまでくると先に逸らすと負けのような気が、して。

「おい。お前、名前は」
です」

名前を聞かれたので臆することなく答えると、陸清雅は少し不意を打たれたような顔をした。そして何かを思案するように軽く目を伏せたかと思えば、またすぐに陸清雅は口を開く。

「萩瑜、貸しひとつだからな」
「は?!逆だろ!」
「おい、お前。…足は引っ張るな。泣き言も言い訳も聞かねえ。俺の命令が聞けないなら即帰れ、役立たずは必要ない」

陸清雅は小さく舌打ちをしてから簡潔にそれだけ告げると、私と萩瑜さんの側をすり抜けて廊下の先へと消えていく。彼の言動に動けないでいる私を覗き込んだ萩瑜さんは、私の表情をばっちりと見てしまってからふいと視線を逸らした。まるで自分は何も見ていないというように。そして萩瑜さんはそっぽを向いていた視線を少しだけ戻して、半ば呆れた口調で口を開いた。

「…まぁ、なんだ、。……落ち着け」
「ねぇあれが陸清雅の本性?ああん、思ったより刺激が…っ!」
「……、気持ち悪い」
「だって…さっきの台詞!役立たずは必要ないって、氷の塊のような台詞!ああっ!指先が痺れる…!」
「…だろうな」

萩瑜さんは私の性癖に呆れたように溜息を漏らした。きつい台詞、高飛車な声色。胸に突き刺さるような冷たいそれは、冷たすぎるが故に私の胸の奥の変なところにまで刺さってしまったらしい。両手を両頬に添えながら思わずそう漏らすと、萩瑜さんが数歩後ずさったような気がした。まったくもってひどい対応である。

「あぁっ、これから毎日あの人の下で働くのか…!」
「嫌か?」
「まさか!ありがとう萩瑜さん、紹介してくれて。私幸せです!」
「…その被虐願望、俺には理解できねぇわ」

引き気味にそう告げる萩瑜さんをよそに、私は陸清雅が消えていったほうを振り返った。明日から彼の口からどんな罵詈雑言が聞けるのか、その快感を思うだけで口元がにやける。

「あぁっ、どんな厭味も罵詈も甘んじるから…っ!」
「……清雅、ご愁傷様」




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