「ちっ、なんでお前こんなに手際はいいんだよ」
「それが私の仕事ですから」
「気色悪い性癖のくせしてな。クビにしたくてもできねぇ」
「やだ清雅さん、思ってもいないことをっ!」

きゃっ、と頬を薄く染めながら告げたから視線を逸らす。こいつ、この性癖がなけりゃただの便利な部下なのにな、ともう何度目か分からないことを再び思った。萩瑜にの紹介をされてから4日、実際にが部下についてから3日。そして彼女のこの厄介な性癖に気付いてから2日が経った。

2日前、寝不足でちょっとしたことに苛立ってしまいつい傍にいたに当たると、は頬を染めながら「えっ…!」と期待に満ちた眼差しを俺に向けたのである。俺はその反応は自分の聞き間違いかと思ったのだが、彼女の薄紅の頬はそれを現実として俺に見せていた。もしかして、と思ったのは案外すぐだった。

『…おい』
『は、はいっ!あの、もしよろしければ今のお言葉をもう一度…!』
『………んなとこに突っ立ってんな邪魔だ、失せろ』
『あうっ!…は、はぁっ、今すぐ消えたいですけど仕事がありますのでっ!』

いかにも苛立ってます、という雰囲気を醸し出して厭味を言ったはずなのに、嬉々として返ってきた言葉に口元を引き攣らせた。なんだこいつ。

『おい、お前。正気か?』
『え?ちゃんと仕事片付けてます』

問題はそこじゃないだろう、と頭の中で突っ込んでおく。苛立っていた気分はどこへやら、目の前のまさかの事態に頭が急速に動き出した。こういう時は回転の速い自分の頭が恨めしい。何度も考え、いや違うだろ、と否定するもののやはりたどり着くのは同じ結論だった。

『…被虐嗜好者』
『まぁ、そんなもんですかね』
『おい萩瑜なぜこんな変態を俺に寄越した!』
『変態とは人聞き悪いです!ただちょっと…嗜好が他人と違うだけで』
『変態で十分だ!黙れ被虐趣味そして出てけ』
『言い付けられた仕事終わってないですよ?』
『…』
『これ私が投げ出して、困るのは清雅さんですよね。私いい仕事してますよね、昨日から仕事しやすくなりましたよね清雅さん。萩瑜さんからしごかれてますから、こういうのは大得意なんです』
『…さっさと片付けて出ていけ』

確かに、仕事の速さも効率も格段によくなった。と仕事を共にしたのはまだたった1日であるが、それをしみじみと実感はしていたのだ。

はい、と短く返事をして仕事を再開するその姿は先程とは大違いで、真剣な顔つきそのものであった。俺はそんな彼女に小さく息を吐く。まぁ、なんとも厄介な部下をもらってしまったものだ。




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